某日記

(通月)

平成18年1月1日(日曜日)

あけおめ

ことよろ。

今年は頑張って NEET になるぞ。

一昨日

GORRY さんから「とりかえ風花伝 4」を分けてもらったので、 読んで寝た。 通販は天水花苑から。

昨日

家で寝てた。至福。

去年の運勢

仕事運: 下り坂。安穏とした生活はあまり変わってないけれど、 他の会社と比較した場合の優遇度はずいぶんと下がったといえよう。 弊社的には「失われた 10 年」を脱したと考えて良い。

カタストロフィーを見届けるつもりで残っていた私としてはしょっぱい展開。 経営判断のマズさでどっかの部門が無茶苦茶な赤字を垂れ流してても、 プロダクトが中途半端に売れちゃってたからなあ。 もうちょっと早く、プロダクトが死に体になってれば面白かったのになあ。 まあ結局、経営責任は問われずじまいなので、 同じことを繰り返すだけなのではないかという気もする。 まあ頑張ってね、という感じ。

恋愛運: 長い冬の時代。

金銭運: 実働時間で割ると、なかなかのもんだよ俺(時給 2 万円くらい)。 でも、もらえる総量はどうやっても変わんないので、大して収入は無い。

マンガ運: 一時期に比べると、だいぶ読む量は減った。 置く場所が無いので「とりあえず」的な買い方ができなくなった。 私としては、なかよしラブリーで一年間楽しめた。

2005 年の一冊を挙げるなら、 まあやっぱり「KISS MEダーリン×3!! / 水無月 真」 ほどツボに入ったものは無かったのう。 水無月センセイはこの単行本の後の作品もコンスタントに良い。 水無月真、山田デイジー、さくや一歩、咲良あさみ (ステンシルが無くなったときは心配したぜ)あたりの新鋭陣もいいし、 山名沢湖、川村美香、征海未亜あたりの中堅・ベテランもよい。 ちゃお方面は、明野みるがおバカで良かった。りぼんはパッとしなかったね。

読書運: マンガ以外の本は、 日記には書いてないけど、なんだかんだで 50 冊以上は読んでるな。 最近あまり電車の中で読む時間がない。最近のおすすめは寺田寅彦かな。 寺田寅彦の科学的感覚の確かさは現代にこそ生きてくるのではなかろうか。 ちなみに青空文庫でも読めるぞ。

交通運: 岡山さんの呪いに良くひっかかった一年であった。

健康運: 可もなく不可もなく。体重が増え気味なので注意。

今年の抱負

NEET になる。

風太くんを観に行く。

そういえば去年の抱負はどれ一つとして達成されなかったことをここに報告いたします。

平成18年1月2日(月曜日)

今日

初詣。

某 K 明神(伏せずとも自明)で巫女分補給。

夕方、雨の止んだ浅草寺が例年になく空いてた。 普段は雷門の混雑を避けて六区の方から入るのだけれども、 今年は雷門から余裕で入れた。

夜中

メール環境を gigalandisk に移行。やっぱり遅い。

「やぶうち優 ROMANTIC」はどうしたものか。 元の本を全部持ってるのが悩ましい。

ふと、「あけおめ」って略し方は関西ではヤバげなのではないかと思った。 くぱぁ。実に愛でたいおめ出度い。

寝台特急あけぼぼ号とか思いついたけど正月から下らなくてすみません。

それで思い出したが、今年の年末年始に設定がなかったあおもり号が心配です。 もっとも、設定があったとしても羽越線が不通なので運休だったわけだけれども。

日記といふものをしてみむとてし始めて今年で 8 年目だということに気づいた。 だから何だってこともないけれど。

平成18年1月3日(火曜日)

今日

ドトールでマターリ。

疑問

自由席特急券って普通は経由が書いてないけど、 大阪から鳥取までの自由席特急券ってのは 「東海道・福知山・山陰」と「東海道・山陽・智頭急行・因美」 の二通りが考えられるから、やっぱり経由が書いてあるんかな。 時刻表の早見表をみると確かに料金が違うのだけれども、 券面はどうなってるのだろうか。

あえて指定すれば「東海道・山陽・播但・山陰」 なんてのも出してくれるんかな。 「鳥取まで買ったけど急に姫路ではまかぜを降りたくなるかもしれない」 とかそういうケース。

まあ乗車変更しろよってなもんですが。 使用開始後も区間変更は可能で、ただ差額の過剰分が戻ってこないだけだから、 「東海道・福知山・山陰」のほうがもともとの距離が短い分安く済む可能性はある。

URL晒し

日本一わかりやすいとまでは言えない「URL晒しがダメな理由」 - まあ「リンクはどこまで自由か」問題の変種やね。 タイトルほどには URL 晒しをダメだとは言っておらず (というか結局は「ダメだとは言い切れない」というところに至ってるやね)、 比較的中道な言説といえよう。

ちなみに、「閲覧者の選別を壊す直リンク」については、 「リンクはどこまで自由か」の話の過程で既に反論が用意されている --- 選別を壊すような方法で見られたくなければ、 選別を強制するような手段を講ずることによって解決すべきなのではないか。 それは、技術的に可能である。だから、これはリンクする側の問題ではなくて、 される側の問題に過ぎない --- これに対する再反論ももちろんあるけれど省略。

程度の違いみたいなものを無視して言えば、 どんな形であろうと批判や中傷による結果は批判や中傷を行った者の責任に帰すべきものであって、 あらかじめ良いとか悪いとか言えるようなものではないから、 URL 晒しという形による批判や中傷に関しても単にそれを良いとか悪いとかいう言い方はできなくて、 せいぜい啓蒙的な言説しか正当性を持ちえないんじゃないかと思う。 そのへんが「わかりにくさ」の源泉かのう。

しかしながら、「程度の違いみたいなものを無視して言えば」と書いたけれども、 「『程度の違い』も度が過ぎるともはやそれは『質の違い』である」 という観点からすると、 リンクないしは URL 晒しというものが起こしうる影響の程度や、 批判や中傷を行う者の気軽さの程度というのを鑑みた場合に、 これをいままでの批判や中傷と同じ質のものとして取り扱ってよいのか、 という論点が発生しうる。 この文章にも、その辺の性質への言及があることは評価できる。 逆に、そのあたりを無視するのは実にあさはかであろうな。 なお、この論点について書き出すと長くなるので省略。

まあでもいずれにしろ、どうやっても URL 晒しは無くならないので、 とりあえず晒される側が賢くなる以外に 効果的な対処の仕様はないのではなかろうかという気がする。 「泥棒はダメ」のような純粋啓蒙主義には実現性もスピードも足りないので、 「戸締りをちゃんとしよう」のような対症療法的啓蒙主義のほうがまだ見込みがある、 みたいな(別に URL 晒しが泥棒と同類だと言ってるわけではないので念の為)。

平成18年1月4日(水曜日)

今日

買い物。

ヨドバシぶらぶらしてたら、 家のヘッドホンのイヤーパッドがまたもやボロボロになっていたのを思い出した。 でも、いままで porta Pro のイヤーパッドが店頭に置いてあるのを見たことがない。 純正品にこだわるなら取り寄せるしかないのだが、 SONY の「EP-G1 スペアーイヤーパッド」という奴が似てたので買ってみた。 ペアで 252 円。純正品は確か 100 円しないので、ちょっと割高。

家に帰ってつけてみたら、純正品よりも折り返し部分の幅が広いので、 コード引き出し部分でちょっと持て余し気味だったりして、 ジャストフィットとまではいかないまでも、しかし全く問題ない。

やぶうち優 ROMANTIC

買ってきたよ。

比較してみると、「ぷちづま」にかなり手が入ってるね。 オリジナルにはカラーページが 4 ページありましたが、全部白黒になってます (左:オリジナル、右:ROMANTIC):


オリジナルの表紙がモノクロ化されて目次のカットに来てますな。 ちなみに、オリジナルの「ぷちづま」の表紙はこんなの:

本編もトーンがだいぶ張り替えられてたりしますが、 やっぱり顕著なのはこれでしょうな:

B 地区なくなったかわりに、下乳とかの影にトーンが。 GOGO ICHIGO といい、B 地区を取るのが最近のトレンドなんでしょうかね(ぉ しかし、児ポ法が改正されたらこの絵は捕まるぞ。

「銀色童話」と「もう逢えない君に」は本編は変わってなくて、 ただ表紙がモノクロ化されて中に移ってるだけ:

まあ、正直もとの本を持ってるなら買わなくても良いと思われ。

少年少女

しかし、いま復刻ないしはコミックスに収録すべきなのは、 むしろこれではなかろうか:

「少年少女」。もともと学年誌の別冊に掲載されてたのだけれども、 その後コミックスには入らずに「3つの季節の少女たち」 という同人誌に収録されてる。

内容は、小学校ではサッカー大好きで男勝りだった葉月ちゃんが中学に入って、 嫌でも自分が女であることを自覚させられる、という話。

しかし、やぶうちセンセイのっけから飛ばしてます。 慣れないセーラー服を着て中学校に登校したら、 同級生の男子からからかわれたので怒った葉月、 いつものズボンの感覚でケリを繰り出したら当然パンツまる見えという仕儀に:

ちなみに、こういう風に「☆」を散らすのは、やぶうちセンセイお得意の手法。 多分、わかつきめぐみあたりの影響なのではないかと思う。 絵柄は大きく変わっても、「☆」と「どきーん」だけは変わらない。 絵柄という話をすると、 このころのやぶうちセンセイは毎年のように絵柄が変わってて、 これはちょうど少女少年 II から III のころの絵柄。

んで、小学校のころのような感覚で男子とじゃれあっていたら、 ほかの女子からお小言をもらい、 「これだから女子は嫌だ」とふてくされてトイレに行く葉月。 しかし、 そこは第二次性徴を描かせたら右に出る者がいないやぶセンセイですから、 絶妙のタイミングでアレがはじまるわけです:

そういう事情で、身体的にも精神的にも元気がないそんな時、 サッカー部の入部試験に誘われる。 中学校に入って諦めるつもりだったサッカーだけれども、 はりきって試験を受けにゆく葉月。 しかし、 そこは第二次性徴を描かせたら右に出る者がいないやぶセンセイですから、 すんなりとはいきません:

ふくらみかけは痛いみたいですな。 生理の影響もあって結果は散々、最後はボールに当たって失神してしまいます。

んでまあ、結果的には段々と女の子らしくなっていく、 みたいなところに落ち着くわけです。 「ないつぼ」のコミックスの埋め草にちょうどよいと思うんだけど、 どうでしょうねえ。

なんてことをやってたら

旅行の準備が全然できてない。どーしよう。

平成18年1月5日(木曜日)

今日

今日は登校日なんだー。

出雲号で西へ。 わざわざ「撮影のために停車中に車外に出るのお断り」とか言っておるな。

平成18年1月6日(金曜日)

昨日

となグラ!(3) / 筧 秀隆」読んで寝た。

寝ようとしたけどあまり寝られず。 氷か何かが屋根にぶつかる音がしたので外を見たら、どうみても関ヶ原です。 冬の夜に通る関ヶ原は趣がある。 堪能したければ、時間の早いはやぶさ富士のほうがいいけど。

京都。さすがに機関車付け替えを見に行く気はせず。

夜に京都を出て東海道線と離れていく時の趣ってのもこれが最後かのう。 上り出雲で京都に入っていく味というのも趣があるのだけど、 これはもう機会がなさそうだな。

そうこうしてるうちに寝た。

6:45 おはよう放送。やうやう白くなりゆくやまぎわ。

7:00 香住。定刻。

7:15 餘部鉄橋

7:21 浜坂

食堂車で車販(〜鳥取)

7:58 鳥取。

「652 5 分延」言ってるので調べたら因美線の普通列車 652D。接続まち。 結局 4 分延。

鳥取から先は割と電波が入るな。

倉吉と米子 5 分延着。米子の停車で回復。

安来交換待ちで 3 分延。

松江 3 分延着、定時発。

宍道、出雲市は 3 分延。

一畑電鉄で出雲大社。

割子そば食べてバスで帰還。

出雲市から電車で米子。気動車じゃなくて残念。 アクアライナーでも予定の列車に間に合うのだが、 4 分のりかえとなるといろいろ難が。

米子。10 分のりかえで 1537 の境線の列車にも乗れたのだが、 そのまま最短で行っても吉備線の接続に難があるので、一本パス。

境線往復。こういう路線の常として、海に近いくせに全然見えない。 乗ったのは鬼太郎塗装の 40+47。126 とよくすれちがう。 鳥取県内は最後まで国鉄のお古が頑張ったおかげで、 置き換えが 120 じゃない分まだマシだな。

スーパーやくもで新見。 地方幹線の常として、国境越えは特急を使わざるをえない。 最初から最後まで 5 分延。単線はしょうがない。

普通列車で総社に出て、吉備線で岡山。 どうも総社は伯備線と吉備線の接続がシビアだな。

2100 ホテルに荷物を突っ込んで城を見に行った。

せっかくなのでボクデンで飯食った。

平成18年1月7日(土曜日)

ナンシーより緊急連絡

寝過ごしちゃった。てへ。 めざまし鳴らし放題寝放題という新趣向。

つーても宇野線をパスするだけだが。盲腸線を残すのは面倒くさい。

平成18年1月9日(月曜日)

昨日

帰ってきたよ。

今日

ドトールでマターリ。

ぐるぐる

続・新聞勧誘 - 「私文書偽造罪で告発するから、その販売員の名前を教えろ」 と言うといいでしょう。

実際のところ、 本当に私文書偽造の告発の要件を満たしてるのかどうかは知らんけど。

しかしホント、マスコミってのは頭から末端までクズが多いよなぁという印象。

新春長文大会(1) - リスクとタブー

年末にやってた NHK の世界潮流 2006 「エネルギー最前線」は割と面白かった。

いくつか面白いネタはあったけれども、とりあえず表題の件に関することだと、 「原子力に関しては、規制志向から確率志向にしたほうが良い」 という発言がなかなか良かったと思う。 曰く、 「日本は一律に規制を定めて、 その枠内であれば絶対に安全という形を取るけども、アメリカでは 『これだけやれば事故は 1 億年に一度の確率で起こります。 さらにこれだけやれば 10 億年に一度まで減らせます』 みたいな確率志向になってる。 事故の確率は 0 にはできないという前提があるんですね」 という感じ。

まあ原子力の場合は必ずしも事故の起こる確率だけではなくて、 事故が起きたときの被害の大きさも無視できないので、 わたしゃその是非についてはあまり立ち入らないことにしとくけども (ちなみに上記番組は肯定派しかいなかった - まあエコノミストはそうだよな)、 安全対策のコスト対リスクの関係を定量的に提示するという考え方は、 これから原子力に限らずいろんな分野で重要になっていくんじゃないかと思う。

しかし、こういう方法にも問題がないわけではなくて、 次のような外的内的な問題があると思う:

  • 正確な「量」の見積もりが難しい
  • 事故を前提とした議論がタブー視されがちである

前者に関してはさらに、「統計の不完全さ」という内在的な問題と、 「統計を見るものの未熟さ」「統計を恣意的に操作する者の存在」 という外在的な問題が存在する。 これらに対する完璧な対策というものが不可能であることは 先ず認めなければならないとして、 しかしながら、「統計の不完全さ」については 「継続的な調査研究による改定作業」で順次減らしてゆくことが可能であろう。 まがりなりにも「確率志向」というからには、 統計確率の正確さそのものも確率で考えて初めて「確率志向」と言えるわけで、 そのための方法もすでにある程度は用意されてるのだから(危険率とか)、 そういうものを活用しない手はない。 「統計を見るものの未熟さ」「統計を恣意的に操作する者の存在」についても、 「見る人間の数を増やす」とかそういう方法で、 リスクを減らしてゆくことは可能だと思う。

本当に難しいのは後者の方だと思う。後者に関して、 個人的には「タブー視」するような人の感情も分からなくはない。 ただせめて、議論そのものをタブー視し、 議論をスポイルするための積極的な行動を行うことだけはやめて欲しいなぁ、 と思う。

結局のところ、物事ってのは究極的には善悪なんてものには帰着せず、 単に程度の問題にしか帰着できないので、 あらゆる選択肢の中から利益を最大にしてリスクを最小にするようなどれかを 選ばなければならない。 エネルギー問題を例に出せば、 盲目的に原子力の危険性だけを忌避するだけではだめで、 石油燃料による環境の悪化による危険性との比較で考える姿勢が、 とりあえずは重要。

ただ、ここで一つ注意しておきたいことは、 上で「あまり立ち入らないことにしとく」と書いたことに関連するけれども、 「原子力の危険性ってのは、 重大な事故が一回でも起これば一瞬にして世界を滅亡させるという ハルマゲドン級のものだから、 とりあえずそれを盲目的に否定しておいて、他の可能性を全力で模索する」 というスキームの価値を、私は否定できないし、 こういう考え方も否定しちゃいけないかなぁ、というところかのう。 究極的に科学的な方法は人間の存在なんて意に介さないようなところがあるので、 それこそ「人間なんていないほうが良い」という結論が出かねない。 タブーそのものは人間が人間であるための安全弁として必要なのかなぁとも思う。

話が横道に逸れかかってるけれども、 結局は、どこでタブーを持ち出すかというレベルの 問題なのではなかろうかと思う。 少なくとも、リスクの議論にタブーを持ち込むのは厳禁ではなかろうか。 そこでは、あらゆる可能性を純粋に科学的に模索する姿勢が必要であり、 タブーという経験則的なものとは別のレイヤで 論じるべきものなのではないかと思う。混ぜるな危険。 せめて、それくらいの科学的感覚が人々には欲しいところである。

結論: 寺田寅彦の随筆を読みましょう。 いや、これと同じようなことは、 寺田寅彦が戦前の時点で既に言ってるようなことであって、 いまだに世間は寺田寅彦に追いついてないのだろう。

新春長文大会(2) - 骨太役人待望論

上で書いた番組で、別のパネリストが 「石油政策に関して官庁の人間に尋ねると、 『今は政治主導民間主導ですから』という答えが帰ってくるし、 実際に各石油会社がめいめいでやっているような状態。 いつのまにか石油政策に関して誰も責任を持つ人がいなくなってるのでは」 なんて言っていた。

あるいは、去年の日記でも書いたけれども、 鉄道事故に関しての国土交通相の他人事のような発言なんかをみても、 どうも最近、官が迷走してるなあという印象を受けるのう (国交相はまあどっちかといえば政の側だけど、官の責任者でもある)。

最近の流行は「小さな政府」だけれども、 これは決して官の役割が無いということではなくて、 官にしかできないことを政府機能として残すという話だと思う。 官が不要ならば「小さな政府」どころか 「無政府」で良いということになりかねない。 おそらく「小さな政府」で現在のところ一番成功してるのは アメリカなのだけれども、 実際にはかの政府は職員が何万人もいたりするので、主観的には小さくない。 それでもアメリカが成功してるように見えるというのは、 つまりはそれくらいの人数がいても、 それがミニマイズの結果の必然であるという説得力があるからなのだと思う。

ここで言いたいのは、もちろんアメリカに倣えなんてことではなくて、 いかにして説得力のある政府組織を組み立てるかということだと思う。 結局のところ、なかなか役人の側からはそういう改革はできないので、 これは政治の役割なんじゃないかと思う。

小泉改革政権に対しましては、骨太改革もいいけれど、 役人を骨太にする改革もお願いしたいなぁと思う所存。 近年、なにかと役人が悪者にされてきているし、 実際その理由が役人の側にもあるのは事実だけれども、 だからといって役人が不要なわけではないから、 質の高い役人組織を組み立てるスキームこそが必要なんだろうね。

まあ僕ぁ中道左派かつケインズ主義好きなので、 役人にはもうちょと頑張ってほしいところです。

新春長文大会(3) - 秋葉原雑感

夕方、身仕度しながら報道番組見てたら秋葉の話をやっていて、 「またか」と思いながら歯を磨いたりしてた。 そのままシャワーを浴びに風呂に入ってしまったので、 内容はあまりよくわからなかったのだけれども。

それにしても、このところの秋葉ブームは何なんだろうね。 まあ、今のメディアの取り上げられ方は一過性だと思うのだけれども、 それは置いておいても、どうも何か質的な変化を感じる。

そういう質的な変化に対して、 「なあに、いままでも秋葉というのは繰り返し変化してきたのさ。 だから、今回もそれと同じ」 という超然とした態度も取れると思うのだけれども、 私はどうもそれには微妙な違和感を感じる。

秋葉の客層を一枚の織物に喩えると、 確かに、時代に応じて横糸は変化してきたと思う。 つまり、無線マニアや音キチ、パソコンマニアと、 さまざまな色の横糸があった。 しかし、横糸がどんなに変化しても、一貫してそこに存在していたのは、 縦糸としての「ホビー」だったのではないか。

しかるに、今はというと、 まだ確かにごくわずか、ホビー層というのは存在してはいるものの、 しかし実質的に今の秋葉の客層の縦糸になっているのはホビー層ではなく、 エンターテインメント層とでもいうべき層なのではなかろうかという気がする。 どのへんからそうなったのかというと、Windows95 とか、同人誌の隆盛とか、 その辺に萌芽があったんだろうね。

「織物の縦糸と横糸」なんて喩えをしてみたけれども、 これをグラフの縦軸と横軸に据えてみる、なんてのは、 なんとか総研とかそういうところが好きそうな手法やね(「ボキャ天法」):

しかし汚ねえ字だなおい。

ただ、割と面白いのは、そういうエンターテインメント層というのを 呼び込む下支えとして存在してるのが、 エンターテインメントの供給者になったホビー層ってあたりだろうな。

以上、単なる分析的雑感(あるいは雑感的分析)であって、 だから何だってわけでもないけれど、 でもとりあえず、私は最近秋葉にめっきり行かなくなりました、 とは言っておこう。

まとめ:

  • 現在の秋葉における重大な質的変化は、ホビーからエンターテインメントへの転換である
  • ホビー層は、むしろ供給者として生き残っている
  • 俺の字は汚い

平成18年1月11日(水曜日)

昨日

メールの 95% が spam だと萎えるね。

今日

起きて新聞読んでいたのだが、 ブルマーと間違え男児の水着盗む を読んでホロリ。目の前が泪でかすんでゆくのであった (さっきアクビしたからかな)。 きみきみ、もうブルマーなんてものは、 ほとんどファンタジーの世界にしか存在しないものなんだよ。 ある意味で時代の犠牲者といえよう。

18 きっぷが 4 回分も余ってるんだけどどうしよう……。

某所で話題になってたのだが、 PRESIDENT 2006 年 1.30 号 の特集の狙いっぷりが面白すぎる件について。

平成18年1月12日(木曜日)

今日

秋葉でセガラリー2006(初回プレス特典 復刻版PS2「セガラリー・チャンピオンシップ」同梱)を買ってきた。

帰りに有楽町に寄ってインデアンカレーを食った。うまかった。

ううむ、pullup せにゃならんのは分かっているのだが、 minor bump したのが曲者。普通の so なら micro bump するところなのだが……。

平成18年1月13日(金曜日)

昨日

ラリー一年分ほどやってみる。

普通のコントローラー辛い。まっすぐ走れねぇ。 あと、うちの環境は画面の映りが悪いから、 夜のステージとかで道が右に曲がってるのか左に曲がってるのか分からないのが致命的。 そもそもコーナーの始まりが見えないからブレーキタイミングが掴めねぇ。 GT Force とまともなテレビが置ける広い部屋が欲しい。

それでもまあターマックなら姿勢制御可能か。 グラベルは、ただでさえ滑りやすくてデリケートなのに、 上のような理由で反応が遅れるのと微妙なハンドル操作ができないのとできついね。

今日

とりあえず松本に土曜の宿を取ってみたがどうなることやら。

やあ 3 、もりやさめと神戸屋キッチンでごはんたべた。

夜中

CardBus で ral なカードを仕入れてきたので、カーネル再構築。 まあ 11b で十分なのだが、たまに 11g でないとダメなところとかあるので。 11g が使えれば同時に 11b も使えてもよさそうなものなのだが。

AP がいないから確認のしようがない。 とりあえず wiconfig ral0 -D してみたら、 なんか挙動があやしいような気もするけどまあいい。

荷作り。

もう寝なさーい。

平成18年1月16日(月曜日)

土曜日

早起きさん。

650 川崎。 普段より一本早い列車に乗れたので、川崎で沼津行き 325M に乗れた。 113 を期待してたが E231 だった。

そういえば、E231 が沼津にいくのも 3/9 までか、と思ったら、 このまま沼津まで行ってもいいかな、などと考え出したが、 結局当初予定どおり国府津で降りる。

758 国府津。 御殿場線経由沼津行き 2553M。313 三連。 未だに複線だったころの名残がわりと残ってるな。 雨で富士山見えやしねえ。晴れてれば結構良いかも。沼津着。

938 沼津。 沼津からどうするか悩んだが、とりあえず当初案である身延線はやめて、 西に延びてみる。

沼津から島田行き 751M。113 四連。ほとんど寝てた。

1113 島田。 島田から豊橋行き 471M。113 四連。二駅ほど立ったがその後座って、 豊橋まで寝てた。静岡は寝るに限る。

1245 豊橋。 周知の通り松本宿泊なので、豊橋から飯田線で抜けるか、 名古屋から中央西線で抜けるしかないのだが、 飯田線は普通列車だと辰野 1954 なのでちょっと遅すぎる。 かといってワープしようとすると豊橋→飯田という大ワープが 必要になるのでやめた。それにしても飯田線はきつい。

豊橋から 5307F。豊橋で買ったうなぎ弁当と助六を食った。

金山ないしは名古屋で中央西線に乗り換えると、 中津川で 1837M まで一時間以上待つことになって面白くない。 そこで、時刻表をひっくりかえしたら、 高山本線→太多線経由でも中津川で同じ列車に乗れることがわかった。

でも、日の暮れた後の木曽路なんて面白くないので、 何とかならぬものかと見てみたら、 木曽福島の一つ手前の上松仕立ての 135M というのを見付けた。 中津川→木曽福島をしなのでワープすればこれに乗り継げる。 中津川→木曽福島は、運賃と特急料金で 2100 円と、まあまあ。 松本 1742 着 さらに、塩尻で 30 分待つとミニエコーに乗れることが分かった。

名古屋 1357。 というわけで 5307F を降りた。 JR 東海ツアーズで乗車券と特急券を用意してもらって、 1711M セントラルライナー 11 号で中津川。

1532 中津川。 中津川からは 1017M ワイドビューしなの 17 号。 結構混んでて右にしか座れなかったので、 南木曽からはデッキから外を見てたのだが、 ぐわんぐわん腰を振る振り子さんのおかげで疲れた。

1623 木曽福島。 木曽福島からは 1835M。313 二連。日が暮れたのでぼーっとしてた。 塩尻で降りる。

1723 塩尻。 雨のせいか篠ノ井線のダイヤが乱れてた。 164M は特急との接続を取って 5 分遅れて発車。 ミニエコーかわいいよミニエコー。

回復モードに入ってるのか、すごい速度でつっ走るミニエコーたん。 蛇行動しとるがな。でも、結局回復できないミニエコーたん萌え。 そういえば前に乗った時も、 塩尻→小野方向の善知鳥トンネル内は結構すっ飛ばしてたような気もする。 塩尻→辰野は近そうに見えて 17.7km もある。 ちなみに善知鳥峠は中央分水嶺(信濃川水系と天竜川水系)。

1820 辰野。折り返し 167M で塩尻まで。 上り坂ではすっとばせないミニエコーたん萌え。 塩尻からは 443M で松本。

日曜日

550 松本。 岡山に続いてまた寝坊する俺。でも、15 分で支度したらリカバーできた。

支度してる間に 6 時を回ったので JR 東の運行状況を見たら、 信越線も飯山線も大糸線も雪で死んでてしょぼーん。 それでもとりあえず善光寺平の方に抜けてみるかと思って 松本 620 発 1221M に乗った。

列車内でいろいろ検討。 結局しなの鉄道に乗るくらいしか選択肢がないのだが、 長野まで行くと乗り継ぎの具合が悪いので、篠ノ井で降りた。

726 篠ノ井。朝飯調達して、3620M 小諸行き。 車内でさらに検討。横軽をバスで抜けるか小海線で八ヶ岳を越えるか、なのだが、 小海線は直通する列車が二時間近くないことに気づいたので断念。 横軽をバスで抜ける方は、高崎まで順調に行ける。 せっかくだから吾妻線に乗ってくるかと思ってみたら、 高崎 20 分待ちで大前行きに乗れることが分かった。

しかしここで吾妻線がトリガーになって、 軽井沢から万座の方に抜けるバスがあったことを思い出した。 このまま順調に行くと軽井沢 859 着なのだが、バスは軽井沢 900 発で微妙に間に合わない。でも、このバスは沓掛経由なので、 沓掛で乗り換えると列車 854 着でバスが 908 発。ばっちり。 天気が良いので写真を撮ったりしているうちに小諸着。

822 小諸。 念の為小諸の乗り換えの間にで西武バスに運行状況を問い合わせて問題ないことがわかった。 756M に乗り換えて沓掛下車。

854 沓掛。 バスに乗って峠越え。佐久平の方からは雲がかかって全然見えなかった浅間山が、 道路で回り込むうちに見え出してきた。 快晴の青い空と白い角錐状の山頂のコントラストがすばらしい。

このワープは有益であった。万座鹿沢口駅前到着。

1010 万座鹿沢口。 しかし、万座鹿沢口で時刻表見てみたら、全然列車が無いことに気づいた。 大前にゆく 531M は二時間後だし、 時間つぶすために高崎方面の列車に乗ろうにも、 普通列車は 531M の戻りまで無い。 いちばん近い列車は草津 4 号で、1041 発。

ここで、どうせならダムに沈む川原湯温泉でも見てくるかと思い立ってみた。 川原湯温泉は駅からちょっと離れているのだけれども、 草津 4 号と 531M との間には一時間以上の間合いがあるので余裕。

そんな感じで草津 4 号に乗り込んで地図を眺めていたら、 日本一短い鉄道トンネルである樽沢トンネルは、 川原湯温泉駅から 1km くらいなので、十分徒歩圏内なのが分かった。 しかも、うまいことに長野原草津口仕立ての 532M が 1136 に 川原湯温泉を発車するので、 これが通過を眺めてから戻ってくることすら可能だということに気づいた。 というわけで草津 4 号出発。川原湯温泉まで。

1059 川原湯温泉。雪が積もってたら諦めるつもりだったが、 ほとんど融けて残ってなかったので、 国道沿いの歩道をてくてくと下流の方へ歩いていった。 ゆるゆると歩いて 20 分くらいで目的地に到着。

1140 樽沢トンネル前。電車の通過を見届けた。

1200 川原湯温泉。急ぎ足で戻って 531M に乗った。 それなりに疲れる。

1228 大前。なんか妙に折り返し客が多い。それも老若男女。 大前まで来ようという物好きの絶対数はそんなに多くないのだろうが、 なにせ手頃な時間に大前まで来る列車はこの列車くらいなので、 集中してるのだろうと思う。そのまま折り返しの 534M で戻った。 さすがに眠くなったのでずっと寝てた。

1435 高崎。チャーシュー弁当仕入れて、上野行き普通列車 942M のグリーン車。

1647 大宮。新川崎に抜けたいのだが、 高崎線方面の湘南新宿ラインは品鶴線内通過なので、 東北線から来る列車に乗り換えないといけないのだが、 これが 30 分も無いというのはどういうことだ。

大宮駅をぶらぶらしてたら、 機関車に引っ張られたえんじ色の客車が入ってきた。 横の幕には「ゆとり」と書いてあった。 イベント列車の回送かと思って眺めてたのだが、 その後ろには青い客車が三両つながってたので、 座席客車かと思って何気なく見に行ったら 「出雲」のテールマークが付いた寝台車だった。 そのまま南に引っ張られて行く。不吉な。 鎌倉行き片道列車やもしれぬ。

大宮で待っててもしょうがないので、 待ち時間分散のために籠原仕立ての 2220Y で大崎まで。 大崎からは宇都宮仕立ての 1230Y で新川崎。

新川崎からは南武線に乗り継いで、1826 武蔵小杉。

で、五反田さんもりやさめあらいさめと寿司食って、on ちゃん号に乗り込み、 やあ 3 ちに 18 きっぷの残りと借りていた本を投下、 そのまま京王多摩川の午で茶をしばいて、 あらいさめと五反田さんを投下したのち、帰ってきた。 五反田さんを投下した直後から、 さすがに眠くてずっと助手席で落っこちてたのであった。

しかし、帰ってきたら元気になってセガラリーをやる俺。

今日

なんか物足りなさが残ってるなあと思ったら、気動車に乗ってないよ畜生!

AJAX開発フレームワークThinkCAP JX、非商用配布に限ってGPLで提供 - GPL を熟知しているみなさんには明らかなことだと思いますが、 この「非商用配布に限ってGPLで提供」 というライセンス条件は GPL と矛盾するので、 こいつは GPL なソフトと混ぜられませんな。

某所の話によると、 「非商用配布に限ってGPLで提供」 ではなくて単なるデュアルライセンスなんじゃないか、という噂が。 どっちだかはっきりしてくれたまえ>記事書いた人

平成18年1月17日(火曜日)

昨日

Major2 を見た。清水さんのツンデレっぷりが遺憾無く発揮されとるな。 それに対して吾郎の情けないことと言ったら。 なかよしクラブの図星突かれたくらいで、 吾郎のアレな態度に納得してしまう野球部の連中は不思議だ。

今日

4gamer.net の ハーツ オブ アイアンII 世界ふしぎ大戦! が面白すぎる件について。思わず読み耽る。イタリアは弱くなかった! でも次はイタリア抜きで。

夜中

ToHeart2 のソース眺めてみたが、例のウェイトの問題はよくわからんな。 timeGetTime() の返り値を何も考えずに比較してたりするので、 49.7 日問題があるのは確かなんだが。 実際に問題が起きている状態で デバッグプリント出してみるのが手っ取り早いだろうな。

まあなかなか汚いソースであるな。

平成18年1月18日(水曜日)

昨日

セガラリー2006。やっとこさ class2 参戦。

あらゆる技術は abuse される

というだけの話だと思った。 RSS 話ね。

「全文を RSS に埋め込まないといけないのは処理系の実装がウンコなだけ」 という筋論を抜きにして、一足飛びに「RSS には全文を埋め込め」 と言うから「それは違う」ということになるのであって、 「実装がウンコだから RSS には全文を埋め込め」と言わなければならぬ。

ほら、なんとか 2.0 ってのもそうだったでしょ。なんだっけ……えーと、 思い出した、HTML 2.0 だ。歴史は繰り返す。

業界慣行

多重派遣話 - なんか、大阪のタクシーのアレを思い出した。 規制緩和をやってみたりとか、逆にザルだった規制を徹底してみるとか、 そういう変化を起こすときに、 それを単に実施するだけではえてしてハードランディングを 免れられないことがあるので、 なんとかしてソフトランディングする筋道を付ける必要があって、 これからの時代、官僚が存在感を発揮できるとすれば、 きっとそういうところなんじゃないかと思うんだよなぁ。

今日

大阪さん曰く「東証は、なんで飛ぶのん?」

アントワネットさま曰く「東証がダメなら名証を使えばいいのよ」 まさに名古屋巻き。

平成18年1月19日(木曜日)

昨日

セガラリー2006。 ただでさえステアリング操作がやりにくいところで、 なんかアクセルボタンが死んできたんですが……

というわけで、某所で「いいコントローラねえか?」と訊いてみたら DUALSHOCK2 完全互換 ゼロテック2 ブラックなんてのがよさげ。

スケッチブック(3) / 小箱 とたん」読んで寝た。

今日

JR 東の春の増発列車のお知らせ [PDF/84KB]

JR 西の平成18年【春】の臨時列車の運転 - まだ一部。

no more GPL

雑感:

  • GPL はそろそろ歴史的役割を終える時期である
  • これ以上 GPL なソフトウェアはいらない - だから no more
  • GPLv3 がチャンスである
  • バナー欲しいね

平成18年1月23日(月曜日)

金曜

APC の簡易 UPS SurgeArres BE325-JP を買ってきたので GIGA LANDISK をぶらさげた。 22W だと 40 分くらいもつらしいぞ。 ブレーカー落ちを対策したいだけなのでこれで十分。

ゼロテック2 ブラックを買ってきた。 結論から言えば、少なくともセガラリー 2006 とは相性が悪い。

たぶんソフト側の問題だと思うのだが、 アナログスティックにおけるステアリングのリニアリティが おかしいんじゃないかという気がする。 車が車線変更する程度のステアリング角でも滑り出すので、 ライン取りも糞もない。 結局、 パッドの十字ボタンと同じように小刻みにステアリングを切るしかないので、 遊びがないぶん十字ボタンのほうが楽。

もしかしたら車のセッティングの問題なのかなぁ、とも思うのだが、 しかし、晴天のターマックでターマック用のドライタイヤをはいて、 あとはデフォルトというような状態でもこのありさま。 GT Force でもそうなら諦めるが。

ハード側の問題としては、左手の負担がむちゃくちゃでかい。 具体的にはシフトチェンジで死ぬ。 ラジコンのプロポとの最大の違いはここ。 親指でフリップ型のレバーを上下に動かすようになってるので、 薬指と小指の握りだけでグリップしなきゃいけない。 一時間もやってると手が震えてくる。

つーかんじで放り投げ。グランツーリスモだとどうかなあと思ったが、 部屋の中から発掘できず。

土曜

雪なのでひきこもり。

ハーツ オブ アイアン 2 完全日本語版も買ったので、 とりあえずスペイン内戦キャンペーンをやってコツをつかむ。

日曜

ドトールでマターリ。

雪靴履いて出たけど、普通に歩く分にはあまり雪を踏む機会がないので、 あえて雪が残ってるところを選んで歩いた。

こんどは 1936 年からのキャンペーンをやってみよう、ということで、 南米の盟主になるべくアルゼンチンを選ぶ←なんでだよ。

兵器開発とかそっちのけで工業力を整備しつつ国政を介入主義の方に曲げていって、 まず、来るべきブラジル包囲に備えて小国ウルグアイを制圧。 うーん独裁者。 備蓄資源がいっぱい手に入った。 南北アメリカで紛争を起こすことは USA に対する挑戦行為に他ならないので、 先方から不可侵条約を破棄してきたが、しばらくは大丈夫っぽい。

工業力が南米一になったところで山岳兵を連続生産、今度はチリに宣戦。 飛行機がうるさかったが、首都を囲んじまえばこっちのもん。 代わりに南の方は押され気味だったが、 首都を制圧した上で補給線を分断し、 そっちに戦力を集中して制圧、併合。

ボリビア、パラグアイと軍事同盟を結ぶ(この両国の領土問題なんて知らん)。 今は 1940 年。着々とブラジル包囲網を築きつつある。 ブラジルを占領したら次はフォークランドだな。 どこかの独島と同様の理由に依り、 マルビナス諸島は我がアルゼンチン帝国固有の領土である。

なおフィクションなので念のため(ぉ

ツンデレ

どうも bsfilter 使ってると、既読メールが残るような。 タイムアウトして積ん dele が発行されてないんだろうか。

平成18年1月24日(火曜日)

昨日

寝る前読書。

ケンコー全裸系水泳部ウミショー(1) / はっとり みつる - はっとりみつるらしいスケベ漫画。不粋なつっこみをいれれば、 あむろちゃんは沖縄出身にしては紫外線に無頓着すぎやしませんか。 水着の上にはブカブカの T シャツを着なさい。そしてそのまま泳ぎなさい。 べ、別に俺の嗜好を押しつけてるわけじゃないんだからね!

もっけ(5) / 熊倉 隆敏 - 例によってマターリ進行。

しおんの王(3) / 安藤 慈朗, かとり まさる - しばらく単純な将棋マンガのまま行くのかと思ったらどうもそうでもないらしい。

今日

いわゆるメイドアンドロイドは厳密には間違いで、 メイドガイノイドが正しいらしいですぜ高山さん。

平成18年1月25日(水曜日)

昨日

ちと気が早いがブラジルに宣戦。 戦力的にはトントンかブラジルの方が若干強い上に、 戦線が東西に広がりすぎていて辛い。 とくに、いくつかの戦略的な鍵になる県は囲まれがちになるので一進一退を 繰り返す。 ボリビアを同盟に加えないで中立地帯の壁としておいたほうがよかったかも。 壁がないと相手の戦力をすりつぶす場がない。

西の方は戦線を一旦下げて、 ボリビア軍と即席民兵の投入で薄くバリケードにしておき、 東海岸ぞいに戦力を集中、サンパウロとリオデジャネイロを制圧、 サンパウロ-リオデジャネイロの北に展開していたブラジル軍主力 12 師団を撃破したところで和平の申し込みが。 首都リオデジャネイロは返還したが、 サンパウロを含むブラジル固有領土の 2/3 を同盟国でぶんどることに成功。

天国の扉

二次元の世界に行きたいというのでぴょん吉メソッドを提唱。 タイミングよく「中」の文字に飛び込むとボーナスステージへ!

平成18年1月26日(木曜日)

昨日

眠かったのですぐふとんに入った。

寝る前読書。

レモネードBOOKS(1) / 山名 沢湖 - カラーページのへなちょこなタッチの線がなつかしい。 ホワイト山名沢湖分(*)を補給できる逸品。 年一回こうして山名分の大量摂取ができるようになってありがたいことです。 それにつけても、そろそろ講談社方面のコミックスは出ないものかと思う。

(*)ホワイト山名沢湖分 …… 一部のマンガ家は作品から希少麻薬成分が分泌されていて、 これに毒されると禁断症状が表れたりする。 似たようなものにはやぶうち分、竹本分(私はこれには毒されてない)、 桑田分などがある。 山名沢湖の場合には別にブラック山名分が分泌されている場合もあるが、 最近は影を潜めている。

びんちょうタン(1) / 江草 天仁 - 可もなく不可もなく。

きれいなジャイアン

漫画ドラえもんの登場人物ジャイアンといえば、 その有名なセリフ「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物」 にも象徴されるような利己主義者としての一面を持っており、 そこからジャイアニズムという言葉すら生まれているのは周知のことである。 ジャイアンは「きこりの泉」という話でもそのジャイアニズムを 遺憾なく発揮していたが、最後には欲張りすぎて自滅する結果になった。 このときに登場したのが、あの有名な「きれいなジャイアン」である。 きれいなジャイアンは、見た目も心もきれいだという設定で、 おそらくもはやジャイアニストとしての面影は 少しも残っていないのだろうと思う。

「きこりの泉」における利己主義の扱いかたについて考えてみるのもちょっと興味深いことではあるけれど、ここではそれは置いておいて、 ジャイアニズムという言葉は果たして利己主義という言葉と一対一対応するものなのかということについて考えてみる。 私の個人的な印象としては、 利己主義というのは必ずしもジャイアニズムではなく、 悪質な利己主義に限ってジャイアニズムと呼ばれるもののような気がする。 そうでなければ単に利己主義と言えばいいだけのことであって、 あえてジャイアニズムという言葉が生み出される余地はないように思える。 利己主義という言葉とジャイアニズムという言葉の間には、 少なくともそのようなニュアンスの違いが存在するのは確かだろう。

ここで、「きれいなジャイアニズム」というものを夢想してみる。 上で述べた通り、 本来の「きれいなジャイアン」はもはやジャイアニストですらないのだが、 ここではその語義を曲げて 「利己主義と呼ばれるもののうち、ジャイアニズムではない部分」 を「きれいなジャイアニズム」としてみる。これと対照して、 本来のジャイアニズムを「きたないジャイアニズム」と呼ぶこともできよう。 なお、あらかじめ断っておくけれども、 こういう定義付けをすることには本質的な意味はなくて、 単に話を面白くするためのこじつけだと言われれば甘んじて受けるより無い。

きれいなジャイアニズムときたないジャイアニズムの間の違いがどこにあるのかと考えてもきっと明確な線引きはできないのだが、 おそらくは、何らかのルール違反を伴うのがきたないジャイアニズムなのではないかと思う。 ジャイアンは時として暴力に訴えてでも自分の利益を貪ろうとする傾向がある。 これこそがジャイアンにおける(きたない)ジャイアニズムの源泉であろう。 大人が定めたルールによれば、 現代日本において暴力を目的達成の手段とすることはルール違反とされており、 ドラえもんの子供世界におけるどの登場人物も概して(しずちゃんですらも)利己主義者としての側面を持ち合わせているが、 その中でジャイアンだけがこの明確なルール違反を手段としている。 「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物」という言葉も、 おどろおどろしい言い方をすれば暴力を背景とした恐喝行為であるのはいうまでもない。 これこそが、ジャイアニズムという言葉を生んだ背景ではないかと思う。

ところで、なぜこんなことを考え出したのかというと、 例のホリエモン逮捕がきっかけなのである。 ドラえもん→ホリエモンという捩りの効果もあって、 利己主義者ホリエモンからジャイアンを連想しても普通のことだと思うが、 フジテレビ騒動から今回の逮捕への流れを考えた場合に、 上で書いたようなきれいなジャイアニズムと(きたない)ジャイアニズムの 違いという部分が脳内にポップアップしたのであった。

ここでまたあらかじめ断っておくが、 ホリエモンが良いとか悪いとか言うつもりもないし、 単なる印象という以上の意味で、 ホリエモンとジャイアンを短絡して見做すつもりもない。 また、あくまでもホリエモンが実際に犯罪行為を行い、 それによって逮捕されたのだという前提のもとでホリエモンを引き合いに出すのであって、 本当に犯罪行為が行われたのかどうかは裁判の結果が出るまでは判らないということは言うまでもない。

ホリエモンがある種のジャイアニスト的側面を大々的に衆目に晒したのは、 ニッポン放送の株取得におけるその手法だと思う。ここで注目したいのは、 あの株取得の方法は完全に合法だったということである。 この点において、ホリエモンは単なる利己主義者ではあるかもしれないが、 少なくとも上で述べてきたような意味での(きたない)ジャイアニストではなかった、 ということであろう。

利己主義者がきれいなジャイアニストのままでいられるか、 それともきたないジャイアニストになってしまうのかは、 その人間のメンタリティにかかっていると思う。 つまり、「バレなくても違法行為は違法行為」と考えるか、 それとも「バレない違法行為は違法行為ではない」と考えるかである。 そして、 「バレなくても違法行為は違法行為」と 「バレない違法行為は違法行為ではない」の間には無限の段階が連続していて、 この無限の段階の間で「法律をどの程度重視するか」という値が 100% から 0% までの傾斜曲線を描いていると考えられる。

ところで、ある利己主義者がバレない違法行為をしているうちは、 その人がきれいなジャイアニストかきたないジャイアニストかは 判然としないのである。ホリエモンはいままでどっちだか判らなかったのだが、 今回それが白日の元に晒されたということだろう。

しかし、ここで考えなければいけないのは次のことである。 すなわち、はたしてきれいなジャイアニズムというものを仮定することにどれほどの意味があるのか、ということである。 これは一つには、上で述べたように、 きたないジャイアニズムは顕在化しにくいということであり、 もう一つは、 きれいなジャイアニズムときたないジャイアニズムの連続性から、 きれいなジャイアニズムも放っておけば坂道を転がり落ちるようにいつかはきたないジャイアニズムへと変質してしまうのではないかという危惧である。

私は思うに、結局のところきれいなジャイアニズムときたないジャイアニズムを 予め峻別しておくことには全く意味が無く、この両者を区別することには 結果論的ないしは形骸的な意味しかないのではなかろうか。 したがって、あらかじめきれいなジャイアニズムだけを想定することによって利己主義のメリットを享受しようというのはなかなか危険なことだと思う。 かといって、利己主義を完全に否定することは難しい。 私はホリエモン型の人間は嫌いだけれども、 だからといって利己主義のメリットを完全に否定することもできない (もっとも、中道左派の人間としてそういうことはあまり公言したくはないが)。 そもそも、これだけ世の中の状況が変わってしまったら、 今さら利己主義を排して昔のような利他主義的なもたれあいに持っていこうとしても無駄だろう。 時計の針は逆には回らないのである(一周して元の時刻に戻ることはあるが)。 無理に戻そうとすれば時計は壊れてしまうのがオチである。

しかるに、きれいなジャイアニズムを奨励し、 きたないジャイアニズムはダメですよみたいな教条的なことを言っても、 ただそれだけではきたないジャイアニズムへの転落が防げるわけでもないから、 ここで必要なのは利己主義者をきたないジャイアニズムへと転落させない網をあらかじめ張っておくということであろう。 ここでいう網とはいわゆるガバナンスであり、 利己主義とうまくつきあうためには教条主義ではだめで、 しっかりとしたガバナンスの構築が必要になるのだろうと思う。 今回のホリエモン逮捕というのは結局のところ、 「違法行為は許さないよ」という警察力がその網の役割を果たしている。 こうして逮捕されたというのは、日本の市場におけるガバナンスが最低限機能していたということかもしれないし(もちろんそう言いきるためには裁判で有罪になるという前提は必要だけれども)、 あるいは、警察力を借りなければ解決できないほどガバナンス能力が欠如していたということかもしれない。

ドラえもんでは、ジャイアンが悪さをするとジャイアンの母親がやってきてジャイアンに制裁する。 ジャイアンはその場では「かあちゃんごめん」と謝るが、 いっこうにジャイアンの悪さの虫の治まった様子が見えないところを見るに、 ガバナンスを有効に機能させるのもなかなか難しいらしい。 そんなことを考えながら、ホリエモンの逮捕を眺めていたのであった。

ふと

「ジャイアニズムってのは、本当はジャイアンではなくて、 お金をバラまいて選手を獲得する某野球チームに由来してるんだよ」 というデマを流しても、誰も疑問に思わないのではないかと思った。

あらすじ

幼なじみの大和くんは大学生。 最近リカちゃんという彼女ができたんだけど、 それを知った詩奈ちゃんは大激怒。
「詩奈の大和くんが取られちゃう……」
でも、詩奈ちゃんはアメちゃんに文句をいう勇気がないので、 何かと大和くんに辛くあたっちゃうんだ。

詩奈ちゃんは私の妹なの。でも --- これは内緒のことなんだけど、 本当は血がつながってないんだ。そのせいかどうかは分からないんだけど、 詩奈ちゃんはまだ中学生なのに、私とは違って背が大きいの。 最近詩奈ちゃんのことを持て余し気味の大和くんは、
「もう詩奈も大きくなったんだから、独り立ちしろよ」
と突き放して言うんだけど、詩奈ちゃんたら
「ま、まだ詩奈、発展途上だもん!」
と言って聞かないの。確かに、姉の目から見ても、 まだ出るところは出てないかな、って感じもするけど。ちょっと優越感。

最近、何かと詩奈ちゃんに近付いてくる双子の男の子がいるんだけど、 たぶんあの子たち、詩奈ちゃんに恋してるのよね。 でも、詩奈ちゃんのほうは知ってか知らずか、全然歯牙にもかけてないみたい。

詩奈ちゃんは嫉妬深くて、私が恋人を作ろうとしたら、
「そんな人は詩奈、絶対認めないんだからね!」
と邪魔するの。もうずっと長い間、姉妹だけでいっしょに暮らしてきたから、 しょうがないのかもね。このあいだも寝ているときに、詩奈、寝言で
「お姉ちゃん……お姉ちゃんとはいつまでも……心は一つ……だからね……」
と言っていたの。 私としては、いつまでも詩奈ちゃんといっしょにいたい気もするし、でも、 いつかは詩奈ちゃんとお別れしないといけないのよね、と、ちょっと悩んでるの。 お姉ちゃんとしては、詩奈ちゃんが一人でちゃんとやっていけるのか心配だよ。

あっ、また詩奈ちゃんが大和くんにちょっかい出してる。 ちょっと止めに行ってくる。じゃあまたね。

平成18年1月27日(金曜日)

昨日

セガラリーを 1 ゲームだけやってさっさと寝た。 コントローラーは壊れてる奴をだましだまし使った。

寝る前読書。

極楽同盟(3) / 絵夢羅 - 可もなく不可もなく。

のだめカンタービレ(14) / 二ノ宮 知子 - ヨーロッパ篇弛れかかってたけどちょっと面白くなってきたかな。

ちゃお DX。うーん、いまいち読むところがない。 そんな中、一人気を吐くのは明野みるセンセイだな。 やっぱりこの人のセンスはおかしいよ(褒め言葉)。 新人では、まいた菜穂センセイの絵が好きかな。

GPL の 9 条問題

(1/30 追記)このセクションは最初の部分に間違いがあるので、結論が変わります。 詳しくは最後の追記部分を御覧ください。

GPL 9 条では、 「GPL バージョンが指定されていた場合、それと同じバージョンか、 それ以降のバージョンのうちから好きなものを選んでよい。 そうでなければ、任意のバージョンから好きなものを選んでよい」 という旨のことが書いてあります。 もちろん、著作権者は例外条項を付けることによってこの条項を無効にできます。 そういうソフトウェアとしては Linux が有名です。

ところで、そういう制限付き GPL は、当然のことながら本来の GPL とは互換性がありません。なぜかといえば、 前者は後者の 9 条の条件が適用されることを拒否していますから、 後者の 6 条と矛盾するわけです。 だから、それぞれが単体で存在しているうちは良いのですが、 混ぜることはできません。 たとえば前者でライセンスされたプログラム A から、 後者でライセンスされたプログラム B へとコードを流用することはできませんし、 B から A への流用もできません。

実は、これは例外の付け方である程度は回避できるわけです。 たとえば、 「ただし、他の GPL ソフトウェアと組み合わせる場合には、この例外は無効とする」 みたいに。 でも、GPL の 9 条を無効にしたいという要求は、 FSF によるフリーハンドな改変に対する性悪説から来ているわけでして、 その観点からいえば、 この妥協が許容できるものかどうかは疑わしい部分があります。

GPL と呼ばれているソフトを流用して何かしようと思っている人は、 こういう落し穴にも注意しましょう。 またひとつ、 地球のかけがえのなさ GPL のバッドノウハウを見つけました。

(1/30 追記) 「それ以降のバージョンのうちから好きなものを選んでよい」のは、 「そう明記されていた場合に限る」 と書いてあった場合のみであるというのを見落としてました。 したがって、 バージョン限定自体は 9 条を無効にすることなしに行うことができます。

なお、例外付き GPL の一般論として、 上で述べたような「回避」は依然として有効なバッドノウハウです。

今日

全体会議忘れてて、私用を入れてしまった。ダブルブッキングなので半休。 どうにも 3 年くらいくっついたままで気持ち悪かった 0.5 日が消えてよい。

「甘んじて受ける」がいまツボに入ってる俺。 「受けに甘んじる」ではないので注意。 そうはいっても「攻めに転じる」わけでもないが。

ポラマル面白いよなあ。

東横イン、二重図面で偽装工事 条例違反の状態 - 無駄を省きたい気持ちはわかるが、そういうことをしてはいかんよ。 まあホリエモンと同じメンタリティかのう (ホリエモンが違法行為と認識して粉飾してたのなら、だけど)。

丸の内に行った。実はわたくし、 最近よくカレーを食いに丸の内にゆくのだけれども、 今日はそうではなくて雑収入系統の話。

肉体会。肉食ったうまかった。

音のふしぎ

差音 。 近現代になると、こういう理論を積極的に意識して曲を書くのもごく普通のことだったりします。

純音を二つ重ねた音波のスペクトル分析をしても差音なんて成分は出てこないので、 人間がそれを感じ取るのは何らかの非線形性要素が作用した結果だと思われます。 なお、差音だけではなくて加音(二つの周波数の和)という概念もありますし、 差音や加音にたいしてさらに二次的三次的な差音や加音が知覚されることも知られております。

古典的な和声理論は自然倍音列を依りどころにしていたのですが、 音楽が複雑化するにしたがってそれでは心もとなくなってきました。 たとえば、短三和音みたいな基礎的な和音一つ取り出してみても、 なんでこの和音がそれなりに協和的に聞こえるのか全く説明がつかないわけです。 そもそも、なにが協和で何が不協和なのかということすら、 時代によって人々の受け入れられかたが異なるくらいなので、 そうそうきっぱりとした結論が出そうにないことが想像できます。 それで、 いろんな人がいろんな概念を導入してそれを解決しようとしているのですが、 差音を絡めてそれを解決しようと試みた例もいくつかあります。

ヘルムホルツは「不協和感はうなりに起因するものである」 というような仮説を立てて、差音の概念から協和理論を構築しています。 この概念は補強されて、 現在では感覚的協和理論という形でそれなりに支持されています。

ここで重要なのは、 たとえば単に周波数が何らかの整数比になってるからといって、 それが協和だとはいいきれない部分があるということでして(傾向としては協和的になりやすいけれども)、 実際には感覚モデルに基づいた関数によって協和度を数値として計算する手法が確立されております。 この発展から、最近では音色の違いすら協和不協和に影響するという理論があったりして面白いです。

平成18年1月30日(月曜日)

土曜日

ドトールでマターリ。

日曜日

五反田さんと旅行の打ち合わせ。 向こう一ヶ月くらいの間に「出雲号」「飯田線」「北海道」 と三回旅行する予定ができあがる。

もう東京口 113 は 4 運用まで減っていて、 旧式車両の宿命として、ラッシュ時にしか充当されていないらしい。

今日

ねもい。

とある問題を解決する kludge を入れるために、 ここ数日間構造体にエントリを追加したり関数の引数を追加したり紆余曲折してみたが、 そこにクサビを打ち込めば完全に息の根が止まるという一点が見付かったので、 汚いは汚いなりに最終的なコードの修正量は小さくできそう。 問題は、紆余曲折の跡が微塵も残らないので、 あまり仕事した気にならんということだ。

逆にここから得られる教訓としては、 コードの修正量が少なくても必ずしもそれはサボっているわけではないということなのであって、 コードが読める人間が人の上に立つときは、 このことに留意して、部下に対する謂われなき咎め立てをしないよう気を付けなければならないということだろうな。

modclip

irchat で URL が表示されると、 URL ってのは長いから行の境目にひっかかりがちなのだが、 端末エミュレータの上で irchat を動かしているときにそういう URL を IE あたりで開こうとすると悲しいことになるので、 一発プログラムを作った。 っ[modclip]。

使い方: 適当に展開してスタートアップにでも入れとくれ。 複数起動のチェックはしてないので気を付けろ。 終了は、タスクトレイに表示される「C」アイコンを右クリックして Quit を選べ。

やってくれること:

  • ttp:// または http:// で始まる、 空白を含まない一連の文字列がクリップボードに入ったかどうか監視。
  • 先頭にくっついてる空白文字は無視。 また、URL の途中で空白文字に出会ったらそこから後は無視。
  • 改行文字を含んでいたら、それを取り除く。 改行文字直前にバックスラッシュがあれば、それも取り除く。
  • ttp:// で始まってたら h を補う。

なお、汎用性はないので注意。MIT ライセンスのマインドで再利用してくらはい。

平成18年1月31日(火曜日)

昨日

寝る前読書。

ハツカレ(7) / 桃森 ミヨシ - 可もなく不可もなく。

コミックハイ。しかし誰が買うんだろうなこの雑誌←買っておいて言うな

今日

modclip ちょっと直した。

  • http:// の途中に改行が入るとアレな件を修正
  • Makefile 書いた
  • 複数起動チェックを入れた

首輪の人のところ から スタンドに牛が突入、7人重軽傷 - 「小鳥ちゃん、突如巨大化して街を破壊し出すの図」を想像。 ごめんよ、お兄ちゃんの愛情が足りなかったんだね。