某日記

(前期)

平成18年12月1日(金曜日)

落穂拾い

11 月に出し忘れた本。

○本の住人(1) / kashmir - 発売日前に拾っていたのに山小屋のどさくさで挙げてない。昔からlowlifeにおけるよくわからない一コマイラストで定評のある kashmir さんの四コマ単行本。ノリは全くあのままで、四コマなので四倍怪しい。つっこみ役の主人公のりこと、体育教師の体育(あだ名)くらいしかマトモな人間がいない。のりこの兄を筆頭に、友達のちーちゃん、みかちゃん、担任のさなえちゃん、兄の担当編集者のようこさん、みんなどこか壊れてる。特に「金髪ツインテールの悪魔」ちーちゃんは人間離れしてるし「女の子の大切なもの……」とか年齢不詳。

HR 〜 ほーむ・るーむ(1) / 長月 みそか - ドジ担当の素子ちゃん、恋愛担当の千夜ちゃん、計略担当のハナちゃんの女子中学生 3 人組が、毎回ドタバタやる連作形式のラブコメ四コマ。もともと作品ごとにキャラなどの命名規則を作る作者なのだけれども、今回の命名規則は小説家・詩人に因む(中原中也とか梶井基次郎とか田山花袋とか)。絵柄はすっかり固定化されて、キャラはピンキーみたいにツルッとデフォルメされているのに緻密。物語は中学二年の四月から始まって、ここで仲良し三人組の性格付けが成されてる。その後、中学生活の日常を主に、いろんなイベントが発生して話が進んでいく。この巻では中学三年の夏まで進んでるから、このペースでいけば二巻で完結か。少しさみしい。

それでも町は廻っている(1) / 石黒 正数それでも町は廻っている(2) / 石黒 正数 - 場末のメイド喫茶……という概念もよくわからないけど、下町の商店街にあって、おばちゃんが経営するいかにも1970年代風の、一歩間違うとインベーダーゲームくらい置いてありそうな、合成皮革と化粧合板のチープな内装を薄暗い電灯が照らしてるようなオンボロ喫茶店を、内装とかそのままにメイド喫茶化したもんだと思ってください。この漫画は、そこでアルバイトのメイドとして働く女子高生歩鳥ちゃんが主人公のドタバタコメディ。途中からメイド設定が割とどうでもよくなってる気がするけど。でも単なるコメディではなくて、探偵推理話あり、片想い話あり、SF あり、死後の世界の話あり、ホームドラマあり、そういういろんなバリエーションの話をギャグでまとめる、というような漫画。一見アフタヌーンみたいな作風(実際この人は四季賞に入ってる)で、それに藤子不二雄あたりの世代の漫画家の、よい意味でのアナクロ風のフレーバーが足されている感じ。

今日

後輩の結婚式に列席してきた。教会式。

今日の wikipedia: 大日本帝国憲法 - 当り前だが、これを読む限り明治憲法の施行はその当時の実定法下で完全に有効だな。たぶん、完全に検証するためには律令くらいまで遡る必要があるだろうけど、まあ大政奉還と所謂五ヶ条の御誓文で十分だろうな。

平成18年12月2日(土曜日)

今日

ドトールでマターリ。

そういえば昨日銀行にいこうとしたら、支店の前をランドセル背負った小学生男女 4 人が「クスクス カータプラーナでポイ!(ポイ)」とか歌いながら歩いてきた。「(ポイ)」のタイミングの完璧さに吹いた。

なかよしラブリー冬の号 - 12月16日発売。

林みかせセンセイ - 「水玉ファブリック」1月発売。

かけらかけら - サイト復活。

そーいえば 、 やあ 3 が書いてる通り松本駅が自由通路式の橋上改札に改装されたのだけれども(それに伴って大糸線ホーム脇の駅舎が廃止されてちょっと悲しい)、待合室はあいかわらず改札外にしかないので、まだ特別下車印使ってるかも。 9 月に行った時はどうだったかな。

平成18年12月4日(月曜日)

昨日

春日寿司で魚介類と酢飯とアルコールを大量に摂取。

今日

池袋で小麦粉とアルコールを大量に摂取。

芸術と猥褻と表現の自由。澁澤龍彦なんてえ人は、ルネッサンス以降のマリア像の乳の露なやつを引き合いに出してきて、「あれは乳房の猥褻さがあって初めて芸術としての価値がある --- それは言い過ぎとしても、少なくとも、作者はそういう効果を意識していないはずがない」みたいなことを言っている。一方で、乳出しマリア像はルネッサンス以前には宗教的に許されざる物だったとも言っている。そのほか、彼がいろんなところで言っていることを総合するに、ここは多分に私の独断なのだけれど、結局はその乳房が禁忌だったころの記憶が未だに死んでいないところに乳出しマリア像の真の芸術としての価値があるのであって、これが完全に猥褻でないということになった時に果たしてどれほどの価値があるのか、というようなことを言いたいんじゃないかと思う……まあこれはあくまでも私の独断だし、あるいは、この人自身も猥褻裁判で有罪になってるので、そういう人の言うことが社会的にどの程度説得力があるのかは分からんのだが、ただ、一つには、猥褻そのものの基準に時代性があるということと、もう一つ、芸術と猥褻には判然とした線が引けるもんではなく、否、それどころか、そもそも芸術と猥褻が別個の物なのかどうかすら分からない(猥褻さから独立して存在できないような芸術があり得る)、というようなあたりに頷けるところがあるんじゃあないかと思う。

しかし、だからといってクソもミソもいっしょくたにしてすべからく表現は自由であるべし、なんて言うのは表現者の怠慢に過ぎないということであって、もし猥褻のシロとクロの境界で表現を試みようとするならば、最悪そのつど自分の行為をその時代の基準で正当化しなけりゃならん(つまり自分の作品はクソではないと証明しなけりゃならん)、ということでしょうなあ。いやあ、猥褻の基準は時代によって変化するから無意味だと考えるような表現者とか、あるいは芸術という免罪符にあぐらをかくような表現者なんて、きっとロクなもんじゃあない。むしろ、「芸術であるためにはどうにも猥褻であることを逃れられない」みたいなものを作ったら、自分の行為を正当化できなくても喜んで芸術に殉じて牢屋に入るのが本物でさあね。これは極論ですが。

いずれにしても、猥褻というのは一つの社会的規範というもので、何らかの有害性があると誰かによって判断されたから猥褻なのであるし、この点で必ずしも表現の自由(というもう一つの社会的規範)に道をゆずらなきゃならないというわけではない。どっちが優先されるべきかは社会とのかかわりというようなところで決まってくる。それに、少なくとも、表現の自由ってのは猥褻なものを無制限に垂れ流したり、妙な陰謀説をジャーナリズムと称して流布するためのもんではなく、表現の自由を最大限に認めた結果としてそういうものが流れてしまうというようなことはあっても、そういうものを流すのが当初の目的ではない。そこはちゃんと区別されるべきでしょうな。

平成18年12月5日(火曜日)

今日

1chip MSX 届いたよ:


サイズは CD-ROM ドライブより一回り小さい感じ。

ついでに最近の写真。

銀杏と消火栓:

食いしん坊小鳥さん、木守りでも食っちまう図:

きっぷ:

松本は普通の下車印だったが長岡が特別下車印。その他、田沢湖、秋田、白馬、(信)横川、高崎、長野、函館、軽井沢、信濃大町、二戸、宮古、盛岡、新潟、釜石、八戸。

JavaScriptでポリゴン3Dリアルタイム描画 - ボーダーをうまく使うと、二辺が X, Y 軸と並行な四通りの直角三角形を描画できる、という代物。少なくとも 1x1 のボックスを並べてラスタライズするよりははるかに高速。この辺も参考になる。

平成18年12月6日(水曜日)

今日

ことばおじさんを観てたら「おいしかったです」と「おいしいでした」のどっちが正しいかなんてネタ。伝統的にはもちろんどっちも間違いで、岸朝子の決めゼリフ「おいしゅうございました」が正則。

元来、「です」は名詞に付く物なので、これを形容詞にくっつける「おいしいです」という言い方は戦前までは子供しか使わない言葉だったのだが、戦後に国審がお墨つきを与えたというのもあって今では普通に使われる。慣例的には「おいしかったです」という変則的な形のほうが良く使われるけれども、「おいしいでした」も地方によっては使われる、なんて話。

久々に近所のドトールにホットサンドが復活してた。

サナギさん(3) / 施川 ユウキめっちゃキャン(2) / 九十九 森,国広 あづさ をゲット。

ひろゆきちゃんちで Wii やって遊ぶ。

DVD レコーダのファームウェアのページを見ていたら、例の音声多重の問題が直ったとおぼしきバージョンが出てたのだが、アップデートに CD-R/RW を要求するので断念。もう CD-R/RW メディアなんて家にねえよ。いや厳密にはどこかに埋まってるんだけど、出てこない物は無きに等しい。明日買ってくるか、デジタル放送で配信されるのを待つか。

平成18年12月7日(木曜日)

今日

今日の釣果: 百合星人ナオコサン(1) / kashmir、comic SYLPH、小説家の小説家論 / 安岡 章太郎

江洲さんから「御-美し-い」はいわゆる婦人語だから、より伝統的には「旨し」だと言われた。そういえばそうだ。

「リーナスのオムツが取れる前からサンはオープンだった」マクニーリ氏講演 - うひひ。記者曰く「時代の趨勢に押される形でサンがSolarisをオープンソース化したのは2005年だから、これは微妙な発言だが」……たぶん記者のオムツも取れてなかったんだね。まあ 90 年代に入って Sun がオープンな位置から若干後退してたのは確かだねえ。

夜。まさみや。うまー。

CD-RW を買ってきたのでアップデート。しかし既に録画されてる放送はあいかわらず多重音声扱いされない模様。

平成18年12月8日(金曜日)

蕨←→鳳メソッド

新幹線を使って東京(および山手線付近の特定駅)と新大阪(および大阪環状線の駅)を往復したい場合、蕨←→鳳の往復乗車券にすると良い、という話。

普通に東京(都区内)と新大阪(大阪市内)の往復乗車券を買うと 556.4km の往復で 17020 円(=8150*2) なのだけれども、蕨と鳳(経由:東北・東海・大阪環状)の往復乗車券を買うと 601.9km の往復で一割引の 16820 円(9350*0.90 の 10 円以下切り捨ての倍) となる。

普通の乗車券は経路上の駅でしか途中下車できないのだけれども、山手線周辺の特定線区に関しては一筆乗車になっていれば自由な経路が選べる(旅客営業規則 70 条)。また、大阪環状線を東海道線方面から阪和線方面や関西線方面に抜ける場合には、一筆乗車になっていれば大阪環状線を右に回っても左に回っても良い(旅客営業規則 69 条(7))。これらの区間で途中下車することもできるし、あるいは途中から乗車してもよいので、結果として東京(および山手線付近の特定駅)と新大阪(および大阪環状線の駅)を往復するのに使える。

メリット:

  • 安い
  • 風流
  • 東京や新大阪で途中下車できる
デメリット:
  • 都区内←→大阪市内のほうが乗降できる範囲が広い
  • 乗車券の発券がめんどい。みどりの窓口は基本的にその駅を起点とする乗車券しか発券できないので、旅行代理店(JTB とかびゅうプラザとか)で発券してもらわなければならないことが多い。

で、なんで蕨←→鳳かというと、それぞれ一文字で覚えやすいから。なお、蕨と鳳に拘らなければ、片方を都区内か大阪市内にしたほうが乗降できる範囲が広がる。そういう例:

  • 川越←→大阪市内
  • 東京都区内←→日根野
みどりの窓口を使いたい場合にも、この手が有効。

ちなみに神戸市内も東京から 601km 未満なので、たとえば「東京都区内←→加古川」「大宮←→神戸市内」とするとお得。

明日

大阪いくことにした。

行きは新幹線。日曜夕方に用事があるので夜行で帰る。牛肉どまん中を食べたいので米沢経由。これでも運賃は蕨鳳メソッドと 680 円しか違わんのだよ。料金券がだいぶ違うけど。

平成18年12月10日(日曜日)

昨日

1030 もりやプロが迎えにきた。

1130 京王多摩川の午。1300 GORRY さん & かわーんと京王線で岩本町へ。GORRY さんと別れて秋葉で京浜東北線に乗って東京。

1406 かわーんとひかり 415 号で西へ。

1659 新大阪。 KNS 忘年会が福島なので、山科→(環)福島の乗車券をもっているのだが、近郊区間なので東海道 - 尼崎 - JR東西 - 京橋 - 環状線外回りと乗れることに気づいた。

1735 しかし土産を物色したあと接続を検討したら、新大阪 1730 発の列車に乗ってないと集合時間に間に合わないことに気づいた。1745 とりあえず尼崎に向かう。

1802 東西線。1822 京橋着。外回りに乗ると間に合わないので内回りに切り替える。ただ、大阪駅を二度通過してしまうとまずいので京橋で精算。内回りだと時間が余るので駅前をぶらぶら。

1842 京橋発内回り。1850 福島着。 1900 11 人で鳥。うまー。

2230 二手にわかれて二次会。2308 一部メンバーと福島発。

2310 大阪着。もうきたぐに号が入線してるので、荷物を放りこんで撮影タイム。そのうち残りのメンバーも見送りに集まってきた。

2327 みんなに見送られて出発。

今日

0530 デッドセクションのあたりで目が覚めた。天候は断続的な雨。

0600 直江津 24 分停車で茶を仕入れる。0620 直江津発車。寝直そうと思ったが海を見てて目が覚めた。

0630 柿崎付近。米沢からの新幹線を取ろうとして電波拾えなくて四苦八苦。建物の屋根の庇の下に雪の跡が見える。

0717 そうこうしてるうちに長岡。つばさ 114 号をとった。サンドイッチ食って寝直し。810 新津。起きて着替え。830 新潟。定時。

839 べにばな 2 号。47+52。白新線を北上するうちに残雪が増える。天気はあいかわらず雨が降ったり止んだり。

1018 小国。このへんから雪が降り始める。積雪で一面真っ白。

1040 分水界を越えると、積雪はまったく無くなった。雪や雨が降ったり止んだり。

1147 米沢。駅前の製造販売所で牛肉どまん中買ったり、駅で土産物を買ったり。

1240 つばさ 114 号。弁当食った旨かった。板谷峠登りはそれなりの降雪。しかし峠を越えたら途端に晴れ間が見え始めた。福島から寝た。

1445 いぬーんからライトメールが来たので「いま上野」と返す。

1456 東京。コインロッカーに土産を突っ込んで北上。

1520 秋葉。いぬーんペアにつき合ってヨドで無線 AP とか冷蔵庫を見るも、品揃えが悪い。 1545 岩本町ドトール。

1630 鴬谷の東京キネマ倶楽部でライブの入場待ち。1700 開場。1730 開演。2000 閉演。

2030 上野で飯。2130 東京に戻って地下鉄で帰る。

ぐるぐる

共産党と自衛隊 - 日本共産党はそもそも終戦直後において「軍隊は必要」という立場だったのだけれども、逆コースにおける再軍備から「アメリカ帝国主義に加担する自衛隊は認めない」という立場に変わって宮本・不破時代までこれで通してきた。志位体制になってからこれを見直して今では「とりあえず現状は追認するが、しかし自衛隊は厳密には違憲。共産党としては九条を堅持する立場を取って将来的には自衛隊解体を目指す」と方針転換してますね。

日本共産党・志位和夫委員長インタビュー【1】〜自衛隊の存在について - 志位曰く:

万万万が一そういう急迫不正の主権侵害が起こったらどうするか...中略...私たちは、それは現実にはほとんど想定しがたい事態だと思うけれども、答えは持っていなくちゃいけないと大会で決めています。そういう場合には、現に持っている手段の全てを使って、日本の国民の命と安全、日本の主権を守り抜く。これは当然の政治の責務だと考えています。その「現に持っている手段」の中には当然自衛隊も含まれ、活用するということを大会で決めています。ですから、あらゆる手段で日本の平和と安全を守るというのは、理論的な設問に対する理論的な答えですけれども、私たちは持っているんです。
ただ、自衛隊の存在をどう考えるかと言いますと、やっぱり憲法九条と自衛隊は両立しない。つまり憲法九条違反の存在だというのが私たちの考えなんですよ。 そうしますと、この矛盾をどうただすかというと、二つしか道はないんですね。九条を変えるか、自衛隊をなくすか、二つに一つなんです。
共産党のこういう理路整然としたところには好感が持てる。たとえ
九条を生かした平和外交によって、東アジアが誰が見ても戦争の心配がない本当に平和な地域になり、国民の圧倒的多数が、もう自衛隊がなくても安心だ、もう大丈夫だという合意が成立した時に、自衛隊の解消という道にすすもうというのが私たちの考えなんです。
というのがかなり絵空事に近い目標だとしても、その目標に至るまでの筋は通ってるし矛盾もない。というか、現在の共産党の立場としてはどう間違っても憲法改正なんて言えないから、それを捨てると論理的帰着としてこういう風に言うしかないわな。一方でその2とかは楽観的過ぎるとは思うけど。ある程度は想定しといた方がいい。

私個人は現時点での憲法改正については消極的な立場。海外協力についてはイラク特別措置法による派遣で少なくとも湾岸戦争での汚名を返上するという目的は果たせたように見えるし、いまのところ国内と国外との間のダブルスタンダードは国際問題化してない。逆の言い方をすれば、いま変えなきゃならない必然性はあまりないように見える。憲法を変えないで 60 年やってきたというのも一つの伝統ではあるのだから、続けられる間は続けてみてもいいんじゃないかという気はしてる。まあそういう伝統には「処女を守って 60 年」くらいの価値しかないのかもしれんけど。

ただ一方で、条文無変更の改正プロセスを経ることによる形式的な民定憲法化はしたほうがいいんじゃないかという気もしてるけど。まあこういう実用上は何の意味もないことに賛同する物好きもほとんどいないだろうが。

メモ

LibElf - LibElf is project implementing a BSD-licensed implementation of the SVR4 ELF(3) API.