.DevKitAdvance R5 beta3 の Windows 版から crt0 と ldscript を 持ってきて VisualBoyAdvance で動くバイナリを吐ける C コンパイラを ビルドでけた。 .libstdc++ のコンパイルが異様に遅いので、C++ は断念……。 なんかバグってるのかなぁ。 遅いのはどーせ使わない locale とか iostream まわりなのだけども……。 .しかし、autoconf + automake は何かとややこしい……。 今回は newlib で Makefile.in の再生成を必要としたのだけど、 少なくとも、開発者と同じバージョンの autoconf と automake の 組み合わを使わないとろくでもないことになるし。 |
.萌えメカ沢。自爆。 .嫐。入れ代わり。またそういう飛び道具を。 三角巾はよいものだ。 .萌え遊戯王。クマリたんハァハァ…… .野球。ナムコットスターズ構想。 来年からは原点に戻って柔道漫画になります(ぉぃ。 .チャリバカ一代。お、お、お、お兄さんが、その辺のモヤモヤを、 さ、さすって取ってあげるよハァハァ(ぉぃ .ぱんつはいてない姫じゃ。キュン。 |
.そもそも、なんで人々が誰の許しも得ずにリンクという 行為をすることができるのかというと、 それは、少なくとも民主的な社会においては、 その成員は各人の意志と裁量において行動する自由があるからなんですね。 ようするに、自然な状態で人々には「リンクする自由」がある。 .私、根っこは放任主義者なので、 「リンクする自由」っていう考え方がいろんな人に広まって、 それを多くの人が許容する世の中になるのはいいことだと思ってます。 そういう理念ならば、私は大いに共感します。 .一方で、私はかなり前から一貫して「リンクする権利」 という言葉には否定的なんですね。 はたして、そういう権利の存在がある程度明示的に規定されていて、 それが社会的な信任を得ているか、というと全くそんなことはなくて、 単に誰かが言いだしただけのもの。そんなのは権利とは言いません。 まー、将来はわかんないけどさ。 .しかしながら感覚的には「一見もっともらしいもの」にみえる。 それは背景に「リンクする自由」というものへの意識があるからなんでしょうね。 でも、それを「リンクする権利」と言い換えてしまうのは、 「自由権」と「自由」の間の混同があるんじゃないかな。 自由権は、抽象的に言えば自由を禁止されない権利であって、 自由そのものではないんですね。自由は個々の行為に対して制限されうる。 でも、自由という大枠そのものは禁止されない。それを保証してるのが自由権。 でも、「リンクする自由」を「リンクする権利」と言いかえる人は、 そこを混同してるとしか思えない。あるいは、みんな混同してるのかもしれない。 みんなが無意識的に持っている自由に対する信奉みたいな感情が、 そうさせているように見える。 いつのまにか、 「制限されうる『自由』」が「侵されざるべき『権利』」に昇格してるのに、 一見もっともらしく見えてしまうのはそういうことだと思う。 .ここまで書くと、なんで私が「リンクする権利」 という言葉を否定するのかという理由がわかるでしょう。 自由を権利へと勝手に昇格できるとなると、 際限なくそういう方向にエスカレートするからなんですね。 現に、「誰にも妨げられない」という「冗長な」形容詞がくっついたのが その傍証であるといえます。もしそれが最初から「権利」なのであれば、 確かに「誰にも妨げられない」はおおむね正しいんですが (そしてレトリカルなほどに冗長)、 もともとが「権利」ではなくて「自由」なので、その形容詞は付けられない。 たとえば、「喫煙は誰にも妨げられないあなたの権利です」 と誰かが言ったとしたら、それは 30 年前ならともかく今は非難のマトですな。 「喫煙の自由」は確かにある。でも現在、 その自由はいろいろな場面で妨げられてるし、 まあ個々の施策について賛否両論はあるけど 大枠ではそれは正当なものと見なされてます。 .もちろん、喫煙とリンクでは程度などに違いがあるのも事実です。 でも、「自由は制限されうるかどうか」という決定命題においては、 その差は問題とならない。 あるいは、私は「リンクする自由なんてない」なんて馬鹿げた主張を してるわけでもない。 もともとそれは制限されうるはずなのに、その本質をあいまいにするような 「権利」という言い回しに反対してるだけなんですね。 あるいは、その「権利」という言葉が濫用されることに反対している。 すでに「自由」という「より実態に近い」言葉があるんだから、 あえて「権利」という言葉で言い換えるのは、 ある種の無意識的な恣意があるんじゃないかな、と思います。 自由を語ることは確かに理念ですが、 それを権利と言い換えるともはや理念ではなくなってますね。 .で、まあ、とりあえずそこを認めてもらいさえすれば、 あとはぶっちゃけ「程度の問題」なんじゃないのかなぁ、とは思います。 個人的には、上で書いたとおり、 「リンクする自由」っていう考え方がいろんな人に広まって、 それを多くの人が許容する世の中になるのはいいことだと思ってます。 一方で、一部の人々の「リンクされたくない」という感情的な部分を 権利という名の下にバッサリやるのは、 率直に言って大人げないなぁ、と思うのです。 そもそも、上で述べたとおり「権利」という言葉が持ち出された過程に ある種の感情論に基づく誤謬が隠されているわけですから、 片方だけがいかにも「メカニカルに正しい主張」であるかのように 見えてしまうのは、フェアではないと思う。そして悲しい。 私があえて「権利」という言い回しを攻撃するのは、 そういう感情が動機になっているわけです。 まあ、いずれにしろコミュニケーションという言葉の意味を考えて欲しいですね。 あとは、言われつくしたことなので省略。 |
.というわけで、 UNIX 上でのクロス gcc のビルド with newlib 。 .正直、これと GBAプログラミング研究所 さんを読めばたいていのことはできますぜ、ダンナ。 |
.パッケージソフト 。 私も純粋なコンシューマ向けのパッケージソフトは 作ったことがないのでアレですが、 一部の特定用途向けパッケージソフトは確かに残るでしょう。 たとえば、セミコンシューマなところでも、 「勘定奉行」みたいなああいうのは残る余地があるでしょう (というのを触れるつもりですっかり忘れてますな私)。 厳密に言うと、「特定用途向けである」というだけでは生き残れないのだけど。 .要するに、 「食えなくなりつつある」というのは商売の裾野が 狭まっているということであって、 パッケージソフトが全滅するという意味ではないんですね。 現状でパッケージソフトで食べてる人の中には、別の商売に鞍替えしたり、 あるいは別のもっと食えるパッケージソフトに 鞍替えしないといけない人が出てくる。すそ野が狭まっている以上、 多くは前者になる。いずれにしろそれは、単に世の中のニーズにあわせて 商売を変えていかなければならないというただそれだけのことであって、 そういう意味で「食えなくなりつつある」という言葉そのものは 単なる現状認識であり、そこに否定的なニュアンスはありませんな。 .「顧客はソースがあろうがなかろうが関係ない」という話に関しては、 単なる現状認識という意味ではそのとおりだと思います。 でも、ここで問題としているのは状況の変化でして、 この点を考える上では顧客側の視点から見ても意味がないと思います。 なぜならば、「顧客はソースがあろうがなかろうが関係ない」 というのは今に限らず昔からそうだからなんですね。 その状況は全く変化してない。そう見るのではなくて、 「今までは販売側にソースを出せない必然性があった」と見るべきでしょう。 .オープンソースという言葉が流行ったのは、顧客の立場からすれば結局は 「イニシャルコストが安いものが提供される魔法のメソッドらしいぞ」 ってことだけだと思います。 「ソースがある」というのは最初から客にとっての福音ではないんですね。 客はちゃんとニーズを満たしてくれさえすれば安ければ安いほどいいんですから。 もちろん安いだけで動かないとダメですけども。 で、安いものを提供するためにはいくつかの方法が考えられますが、 安直にやれば単に「安くてひどいもの」しかできないので、 そういう意味でオープンソースに頼るというのは、 安いものをそれなりの品質で継続的に提供できる可能性のある方法論の 一つなのは確かですし、実際ここまではうまく行っているようにも見えます。 .「なんで安くなるか」という話に関しても、なかなか面白いんだけど省略。 |
.漫画を 9 冊ほど仕入れた。 分散して月曜に 8 冊仕入れておいたおかげで死なずにすんだ<間違い。 .ついでに「世界の名著」から一冊をゲット。 絶版になって久しいのでもちろん古本。 ちなみに東京堂書店の 3F に行くと「世界の名著」の新品があるぞ。 欠品が多いけど。まあもともと 100 冊くらいあるシリーズな上に、 出たのがもう 20 年以上前の代物なのでしょうがない。 神保町というところの凄さを垣間見た気がした。 プチ R.O.D. |
.秋葉で CD を 4 枚。ユーミンのセルフカバー、 松本孝弘のアレ、あずまんがライブ、ふもっふ。 .新橋で飲み。完全に道楽だな、この店。 日本酒も充実してるけどそれよりもワインの品揃えが並ではない。 我々は日本酒ばっかり飲んでたけど。 ロマネコンティがあるそば屋もありえないが、 「ソバには赤ワインですね」 と真顔で言うソムリエさん(でも和料理人のいでたち)もありえない。 腹一杯食ってしこたま飲んで 1 枚だから安いもんだ。 .帰ってきて、ちょこっとシスター。 竹内桜を読むのはぼくマリ以来だ。普通に面白い。 ユーミンのセルフカバー、アレンジの半分がリッキーピーターソンだとか、 ドラムがヴィニーカリウタだとかありえねぇよ。 スクールランブル(3)。ことごとくすれ違ってるあたりに爆笑。 播磨サイコー。 |
.ネタもないので今週読んだ漫画。 .永田町ストロベリィ (2) は、 なんというか吉住チックな展開になってまいりました。 .ウルマニ (4) はおまけ漫画のほうが面白いのはどうかと。 .ビューティフルワールド。りぼんの新人さんとしてはまあ普通。 って、GORRY さんに言われて気づいたけど新人じゃねーよ。 .キラキラ 100% (1)。水沢さんの Cookie の方の連載。 前作のできちゃった結婚ネタとはうって変わって高校生。 話の傾向としては 「いちごの宝石 (これも鈴ちゃんが他愛もない理由で柊也くんを好きになってしまうところに キュンと来るのだ)」に近いかにゃ。 表紙の地味みくちゃんの方がかわいく見えるのは、 やっぱり二次元だからかもしれず(げんしけんの大野さんも同様)。 .アニ横 (4)。やっぱり面白すぎ。 くーちゃんの天然ボケっぷりに磨きがかかってきててよい。 ページ埋めのストーリー漫画はぶっちゃけ「ほっぷすてっぷデビュー」レベル。 デビュー当時の作品だから仕方がないのかも。 いずれにしろアニ横はお薦め。 .ラブわん (2)。現代りぼんの絵柄の中に混ざった 犬男爵の70 年代チックな白目っぷりを見て器用だなと思ってたら、 柱に古い少女漫画好きとか書いてあって納得。 .つーかんじで今週出た RMC は消化したのだが、 まだ FC が未読でござる。 .ちょこシス (1) とスクラン (3) は書いたからパス。 .ちなみに私が最近よく引っ張り出して読み返してる中で、 今まであまり書いてないのは 「3 人で愛しあいましょ? / 海月志穂子(これは花籠ちゃんがプリティ。 クロスロードも面白いよ)」 「いちご実験室 / 山名沢湖」 「M と N の肖像 / 樋口橘」 「くだんからの伝言 / 柳原望 (表題作よりも、ひまわりの方がいいんですよ。 惠甫くんが思わずぎゅっとしちゃうのが。ぎゅっ)」 あたりですかね。いや、少女漫画しか読んでないわけではないんだけども、 この世界突き詰めていくと、なんだかんだで少女漫画に行き着くのよね。 |