某日記

(中期)

平成18年7月11日(火曜日)

今日

François Yergeau のインタビュー(その2) - 一昨日昨日の一連の指摘事項に関する部分はともかくとしても、記事そのものは面白いし、フランス語は読めないのでありがたい(ちなみに前回もあらかじめちゃんと読んでたので念のため)。

まあ確かに「多くの IETF の先輩の逃げ腰から今だに François@Yergeau.com が実現していません」とかいうあたりは苦笑するしかないんだけども。

秋葉原でのイベントを「失敗」と考える人の見解の一つを見て思ったこと - 今の世の中、ユーザ会というそれそのものがダサいんじゃないかという気がしてきた。ここ数年来の Linux なんか見てても、ビジネスの場で「ユーザ会」が出てくる時に感じる違和感はいかんともしがたい。

「〓」にサヨナラ――携帯メール絵文字の相互変換が可能に - そろそろ Unicode 化(私的領域ではなく)してください。

Unicode のことなど - 文字コード制定というのは経験的手法が占めている部分が多いので、やってみてダメだったというようなこともままあるし、 ASCII → ISO-646 → ISO-8859 という姑息的発展の過程に代表されるような過去のしがらみへの遺恨とかもあって、どうしてもグダグダになりがちなのです。理詰めで「これが正解」というようなものが常に見付かるとは限らないのが難しい。

で、「日本人だって国際化と言いながらせいぜい漢字文化圏に対応したソフトウェアーしか作らないじゃないか」という部分もこれに関係してます。文字コード策定を行うときには文字あるいは言語を知っているだけではダメで、ソフトウェアについても知っている必要がある。文字と実装の両方のノウハウが必要なんですな。

日本人は、自分たちが漢字のネイティブなエンドユーザーであり、同時に実装者だったので、漢字という比較的大規模な文字集合を効率よく扱うための経験の積み重ねをもっています。規格という決まりごとは、実装があってはじめて役に立つものですから、実装のノウハウに長じていることは実装者にとって使い勝手の良い文字コードを作るためにも必要なことなのです。

だいたいの工業規格はそうなのですが、規格だけがポンと先にあるようなケースというのはむしろ稀で、中途半端にしろ実装が裏にあることが多い。逆に言えば、需要があって実装が作られ、その後に規格が出てくる。 RFC なんてのはその典型ですな。いままでの Unicode もそういう感じで、既存の文字コードと既存の実装があるところで、それをどう Unicode へ組み込んでゆくかというのが重要だったのです。ところが、Unicode がこれだけ発展してくると、「Unicode によって初めてコンピュータで扱えるようになる言語」というのが出てくるようになってきてしまった。そうなると、手探りでやらないといけないようなところが出てくるわけですね。これは難しい。

話は少し変わりますが、ここで言うネイティブというのも難しくて、たとえば日本語のネイティブは単純にいえば日本人ということになるわけですが、かといって外国人にも日本人も顔負けの日本語を操る人もいるわけです。だから、日本語は日本人でないとダメということはないし、小林さんの言うように「世界の共有財産」ですらありうる。ところが、文字は一方で民族文化的なところにも結び付いている。

一つ面白い話があって、いま世間で話題の北朝鮮という地域がありますが、そこの文字コード規格 KPS 9566 には、普通に使うハングルの文字セットとは別に、「金日成」と「金正日」に相当する計 6 文字のハングルが割り当てられています。これらの文字は普通に使われるハングルの方にある同音の文字と何ら字体などに違いはないのですが、北朝鮮の文書で「金日成」や「金正日」と書く場合には、この専用文字の方を使わないと粛正されちゃったりする危険もあるわけです。詳しくは こちらの Nov23 の記事を参照してください。

また、別のところでは、最近経済発展が目覚しい某国の山奥の方の文字は、その国の政治的な事情から、歴史の上からその存在が抹消されているような例もあるようです。真偽のほどはよくわかりませんが。

こういう例から何が分かるかといえば、理屈としては「日本人じゃなくても日本語は使える」ということは真でも、その文字の文化とゆかりの薄い人間が扱いかたを間違えれば「民族への侮辱」ということにすらなる。冗談でも何でもなく人死にが出てもおかしくないようなものでもあります。そういう意味で、高度に政治的なものでもありますな。

こういうふうに、いろんなレベルの難しさがあるのが文字コードなんですね。

ところで、最近の Windows でいろんな言語がデフォルトで出るのは、 XP で Arial とかその辺の標準フォントに大量の文字が追加されたからです。これは XP が出た当時、ちょっとだけ話題になりました(Arial が 20M 以上あるとかそんな感じで)。さっきごうちゃが言ってたところによれば、「今最強の多言語入力環境は XP + Office」だそうで。真偽のほどは謎。

いもげより:


おまいら大好きだ。 

平成18年7月12日(水曜日)

昨日

おねがいマイメロディ―くるくるシャッフル! (1) / うえだ 美貴, おの としひろ, やました 売, 島津 蓮, 大橋 よしひこ, 富士山 みえる - 上連雀三平パートは確かに生えてそうだけど、こんなの「」にしかわかんねえよ。というか、マイメロマンガとして上連雀三平パートが一番まともじゃね?

今日

あづい。

そういえば 3 月に餘部行った時の写真を発掘:

平成18年7月13日(木曜日)

昨日

LaLa DX。 だいたい 4 ヶ月に一回(もともとが隔月だから一回飛ばし)で買っているけれども、新人チェックにはちょうど良い。総じて新人は絵も構成もうまいけど話がありふれてる。

今日

インサイダー取引禁止話とズル話 - 前者の話に関しては、株式が何のためにあるかということを考えれば損得勘定でしかないのは明らかなわけだけれども、言葉足らずという印象は受けますな。でも私も面倒だから説明しない。

後者の話に関しては、そもそもズルという概念がなくても説明できるのになぜ「ズル」という概念が持ち込まれてるのかというところが興味深いところですな。逆に言うと、ズルという概念を持ち込んでインサイダー取引禁止を説明しようとすると論点がボケてしまう。せいぜい「インサイダー取引が禁止されてるのにインサイダー取引をするのはズルい」という言い方をする分には間違いないのだけれども。

ところで、ちょっと話はズレるのだけれども、どうも「ズルいという言葉を使うこと自体がズルい」というようなケースが散見されると思うのは私だけなのかなぁ。なんというか、勧善懲悪というかそういう単純な価値観に基づく言葉のような気はする。少なくとも合理的ではない。

まあ合理主義というのはえてして日常生活に持ち込まれると暮らしにくくなる方向にも働きがちなものだけれども、ビジネスとか株式市場というのは日常生活の場ではないのでとことん合理主義でいけばいいのよ。逆に言うと、(とりあえず逮捕されたという点は置いといて)ホリエモンみたいな拝金主義者てのはそういうところに封じ込めておく分には無害なので、そういうのを日常の世界に引っ張り出してきてビンボー人と同じ土俵の上で「ズルい」とか言う事のほうがよっぽど有害だということに気づかない鈍感さってのは何なんだろうなと思うことがある。ハレとケの区別くらい付けよう。

箱根ホテルのツバメ虐殺事件 - まあ責めるのは簡単だわな。こういうのでいわゆる不買運動やってしまうメンタリティにはまったく共感しない。

そーいえば、ズルうんぬんで某所におけるサッカーのオフサイド話を思い出した。オフサイドもズルいから禁止されてるんじゃなくてサッカーをサッカーたらしめるために必要だからあるルールなんだよな。

誰にとってメリットがある?そんなの企業側にきまってるだろ!! - 「プロで 600 万の人」はまだリスクを選ぶか安定を選ぶかという選択肢があるやね。ここで風太プロから一言。

平成18年7月14日(金曜日)

昨日

WORKING!!(1) / 高津 カリノ - ヨドあきをうろついていたら「塩兄は買うべきだ」とにらーん先生とたまーん先生から二方面攻撃を受けたので買った。ネタはともかくとしてドタバタ系四コマとしては水準程度。

今日

落としどころ - どう考えても「鳥獣保護法違反は良くないね」としか言いようがないと思うんだけども。だって、駆除していい動物はみんな駆除してるんでしょ。「自然保護っていうのは人間にとって都合のいい自然保護に過ぎない」って言ったのは誰だったか忘れたけど、所詮そんなもんだ。

個人的には、鳥獣保護法によって制裁されるんだからそれ以上は必要ないと思うし、どうも逆にリンチ紛いの事態に発展することの方が気にくわないんだよなぁ。名誉棄損とか営業妨害ってのは鳥獣保護法違反と比べて軽微な罪ではないぞ。

まあ、刑罰ってのはある程度社会的制裁というものを織り込んであるので、若干軽くされてるような側面はあると思うんだけれども、社会的制裁が行き過ぎるような世の中は決して健全とはいえないと思う。言論の自由はいいけど言論の無政府状態は困る。

そーいえば数日前から家で地上波デジタルが映るようになっていたんだが、どこの中継局から取ってるのかは謎。親がベランダにアンテナ付けたんだと思うが。

んで、地デジの中継局の位置情報ってあるのかなーとぐぐってみても、あまりはっきりしない。総務省の各総合通信局をみると、開局ロードマップという形で大まかな位置は出てくるのだが、正確な位置は分からない。

小耳に挟んだところによれば、「中継局の位置というのは基本的に非公開」「主に防犯上の理由\」ってな感じらしい。とどのつまり「個別に電話して訊け」ってことらしい。

平成18年7月15日(土曜日)

今日

ドトールでマターリ。

せっかくなのであけぼの絡めてどっか行こうと思ったけど萎えた。前回の一周もそうだが二日で 1500km とか勿体ない。特に、この三連休に三連休パスの設定があったことに気づかったのが敗因。そもそも三連休であることに気づいてなかったんだからしょうがないけど。

というかですな、萎えた一番の原因は接続が悪すぎることなんだが。一周切符にするためには常磐線で北上しなきゃいけなくて、例によってスーパーひたち 7 号で仙台出るのはいいのだが、東北本線で北に向かうと一ノ関で止められるし、南に向かって福島から奥羽本線に入ろうとしても SH7 が岩沼止まらないし、分岐乗車規定もないし、原ノ町で普通に乗り換えても岩沼で接続悪いし、仙山線から奥羽本線下り方向の接続は嫌がらせとしか思えないし(普通列車はいざしらず山形から新幹線にすら接続してない - ここは分岐乗車規定があるだけマシだけど)。それなりの大きさの地方都市の幹線筋でこうなんだから、さすが JR 東日本。

逆方向は検討せず。 16 日出発とすると 18 日朝に戻ってくるしかなくて(さすがに 1 日で青森から帰ってきたくはない)、そうなると帰りにあけぼのを使うしかない。北上線経由のあけぼのに乗るには 16 日のほうが確実ではあるのだが。やっぱり事前に三連休に気づいてなかったのが悔やまれる。

まあかわりに日帰りで北軽のほうでも行こうって話があるのでそれで我慢しよう。

夜中

大本營海軍部發表 - 帝國海軍航空部隊ハ窓際地區ニ來襲セル龜蟲ト激烈ナル空戰ヲ交ヘ敵毒瓦斯攻撃ニテ我方ノ損害甚大ナルモ我ガ軍ノ度重ナル攻撃ニテ此ヲ撃滅セリ

平成18年7月16日(日曜日)

今日

on ちゃん号で「」四人旅。北軽→草津→白根山→馬車道

マイメロ。前回のネタを引っ張って、いろんな意味でひでえ。

録っておいた「あずみ完全版」見た。地上波で一度見てるんだけど、細かいところを置いとけば、やっぱりおもろい。

平成18年7月18日(火曜日)

昨日

ドトールでマターリ。

今日

前々からそうだったけど最近特にこのビルの喫煙マナーが悪い。まあ喫煙室を無くした時点で目に見えていたことだが。悪いのは根本的には喫煙者ではなくて喫煙室が無いことだ。この会社が社員を大事にしない会社であるという事例の一つ。失望しました。

この怒りを会社にぶつけるのは簡単だけども、せいぜい責任を喫煙者に押しつけるメールが一本回って根本的な解決はなされないに決まってる。まあどうせ辞める会社だからという諦念が先に立つ。

羽越本線土砂崩れの影響による運転状況について - ううむ、長期化の様相を呈してきて、ついにあけぼのも迂回運転やめて運休か。

平成18年7月20日(木曜日)

昨日

1+1(3) / 藤崎 真緒 - 寸止めエロマンガと化しております。

今日

kaeru 君 - あれは GW に五反田さんが象潟駅で試験運用中の奴の手際の悪さに憤慨しておりました。ちなみに手際が悪いのを除けば(あと C 制の処理が怪しいのを除けば)、窓口とあまり変わらない程度のことはできる模様。なんか券面をスキャナで読み取りつつ仙台だか盛岡だかのオペレータと対話してあんなことやこんなことをするらしい。

既存のみどりの窓口と比べればサービスダウンではあるんだが、いままでみどりの窓口がなかった委託駅とか無人駅まで広げれば逆にメリットにもなるのかなぁとは思う(JR 東のやることだからそうなるかどうかは怪しいけど)。駅員の負担も減るだろうし。もっともこれは人員削減とも表裏一体なので以下略。記事でも駅員サンが溜息をついていたように、近隣の大きな駅に客が流れてしまって駅単位の収益は減ってるみたいだし。

噂によればどうも最近は JR 東も労組の威光が翳り出しているようで、これもその傍証なのかなぁ。これも歴史の必然であらん。大クンニおそるべし。

著作権者が全ての流通をコントロールすべきという発想は「無断リンク禁止!」と同じ - じっちゃんの遺言で「〜と同じ」論法は信用しないことにしております。たとえば「金も払わずにコンテンツを見る奴は乞食と同じ」みたいな言説があったとしてもそれを信用しないのと同程度には信用しない。 (ここで「同程度には信用しない」論法が「〜と同じ」論法と同じ物であることに気づいたあなたは鋭い。)

わたしゃ前々から書いている通り「無断リンク禁止は悪である」論には与してないので、同列にしたところで「だから何?」ではあるんだが。そもそも「無断リンク禁止は悪である」という前提がないところでこういう主張をしても、逆に「無断リンク禁止」を擁護できてしまう危うさすらあるんだよな。わたしゃ「無断リンク禁止法」というのができても驚かない。

まあ見出しがアレなだけで、構造的な類似性という観点で読めば悪くない気もする。ただ、見出しってのは「一番言いたいこと」であるはずなので、そこがアレってのはアレでソレ。あとは「全て」というのが割と釣りワードなのかもしれず。

結局これって「法律って何なの?」という根元的な問いにかかわることではあるんだが。法律ってのが割と「〜と同じ」論、つまりアナロジーの連鎖で成り立ってるようなところがあるから、デジタルコンテンツみたいな変なものが出てくるとよくわかんないことになってくるんだね。

百年前に著作権という「変なもの」に対して発揮されたようなイノベーションが再び発揮されることはあるんだろうか。もっとも百年前のイノベーションは未開の地に対して発揮されたイノベーションであるのに対して、今度発揮されるべきイノベーションは再開発だから全く別の物なんだが。

「著作権、守るのも手放すのも必要」――フジ子会社「ワッチミー!TV」の時澤正社長 - ふむ。

前から気になってたので調べた 両毛 - 「毛野国(けぬのくに)」→「上毛野国(かみつけぬのくに)/下毛野国(しもつけぬのくに)」→「上野国(こうづけのくに)/下野国(しもつけのくに)」という変遷があったのね。現在、「上毛(じょうもう)」は上毛野(かみつけの)の略だが、下毛野(しもつけの)のことを「下毛」とは言わないらしい。

赤旗“労働者の祖国”から撤退…半世紀続いた支局閉鎖 - まて、これはこうめいのわなだ。