某日記

(中期)

平成19年2月12日(月曜日)

連休

野沢温泉行ってきた。

金曜: 上野から能登号。高崎-水上だけ寝た。土樽や湯沢では積雪が確認できたが、築堤の斜面は所々雪が剥がれて地面が見えてた。小千谷まで来たら積雪が全くなかった。

土曜: 金沢からサンダーバード 6 号。グリーン車 C 席。窓際一人席なのはいいのだが、湖西線で山側なのが難点。しかし朝はこちら側が日陰になるし、そのおかげで虹を見たので良し。高架でなおかつ平坦なところなので、きれいに半円見えた。

京都で柿の葉寿司を買ってしなの 9 号。グリーン車 2 番。惜しい。 1 番でないと全くグリーン車の価値がないねコレ。でも 1 番が取れれば結構楽しそう。

長野で降りて、ソバ食って飯山線で戸狩。戸狩からバスで野沢温泉。戸狩の駅だけじゃなくて、野沢の温泉街にすら全然雪がないんですけど。宿がゲレンデ脇なのだが、さすがにそのあたりは雪があった。

日曜: 前日夜からずっと雪が降りつづけて、風景が全く変わってしまった。マイメロやってねえ。午前の遅い時間に宿を出てバス停まで行ったら上着に雪が積もった。

戸狩から飯山線で十日町。何か知らんが異様に込んでた。十日町でへぎそば食って戻った。

月曜: 午前の遅い時間に野沢温泉アリーナでひとっ風呂浴びて戻った。昼飯食べてこがさんの車で帰ってきた。姥捨 PA に寄ったり、渋滞に巻き込まれたりして、 9 時過ぎに近所まで戻ってきて夕飯。

マイメロ。白山くんのチョコ攻撃の性質を考察してみよう。まずは、アレが単なる物理的攻撃であり、みんなはチョココーティングされたのだと仮定しよう。その場合、悪夢魔法が解けてもみんなは元に戻らない。それどころか、きっとみんな窒息したり火傷したりで無事ではない。はりねずみ君のクルリで復活したというのならばわかるが(それはそれでシュールだが)、実際にはその前に復活していた。

一方、純粋な魔法攻撃だったと仮定しよう。つまり、あの液体は一見融けたチョコに見えたけれども、実際には当たった人物をチョコ化する魔法液なのだと考えてみる。これならば、悪夢魔法が解けた時にみんなが元に戻ったのは説明がつく。しかし、これではマリーランドの住人であるマイメロまでチョコ化してしまったことが説明できない。

そう考えると、あの液体はこの二つの複合したものなのではないかと考えられる。つまり、あの液体は確かにチョコ化魔法液であり、なおかつその物理的性質は融けたチョコそのものであったと考えれば、辻褄が合うような気がする。みんなはこの魔法液の魔法力によってチョコになった一方で、マイメロは単にチョココーティング状態で固まっただけだったのだ。そして、魔法液だから、それそのものは悪夢魔法が解けると同時に物理的にも存在しなくなり、魔法力も消える、と。

平成19年2月13日(火曜日)

今日

家に土産を忘れてきた。

雲南:ペンキ塗って「山を緑化」に非難・失笑・落胆 - 中国共産党の同志諸兄には、むしろ赤いペンキをお薦めしたい。 Paint it red!

報道が全く信頼性と要領に欠けているので、一次情報: 第5回六者会合第3セッションの概要(速報)

パンチラマスター レベル5 - アホには見えないスカート。

でも、うーん、これって IE のバグなのかなぁ? - 仕様です(ぉ

まあこれは「閲覧ユーザにとっては IE の仕様バグ」で間違いないでしょう。 HTTP 1.0 ならばそもそも Content-Length だけでメッセージの終了を判断すべきですし、 HTTP 1.1 ならば Connection: close を見て転送の終了を判断すべきです。 RFC はここまでしか述べてませんが、別の要素(通常、ブラウザは同時接続数を制限している、など)を勘案すれば、ここで TCP 的にも接続を終了し、次のセッションのためにリソースを開放するのがプログラムの動作としては妥当な仕様ですね。

一方のサーバ側には問題がないかというと全くそんなことはなくて、メッセージを送り終わったのに切断をしないのはリソースの無駄遣いですから、これは「サーバ管理者にとってはサーバの仕様バグ」に間違いないでしょう。これも別に RFC は何も言ってませんけど、妥当な動作とは思えません。

程度の違いはあっても、両方の動作に非合理性があるのは確かですね。閲覧ユーザの立場からこれを IE の仕様バグと解釈するのは主観的には正しいことですが、分析という観点ではそれでは片手落ちでしょうね。

平成19年2月14日(水曜日)

昨日

査収物:

ちびもの 〜 ちびのもののけ(3) / 東雲 水生

のだめカンタービレ(17) / 二ノ宮 知子

はこぶね白書(3) / 藤野 もやむ

ひとさきの花 藤野もやむ短編集 / 藤野 もやむ

最近水戸黄門 13 部(東野黄門の最後)の再放送をやっているので録画して毎日見ているのだが、鳥取藩士役で伊吹吾郎が出てくる回だった。水戸黄門の格さんといえば矢っぱり伊吹吾郎よね。またこの回は、印籠はかろうじて出てくるけれども「この紋所が〜」の見栄は切らない珍しい回。

今日

バレンタインデーにつき、会社の人々にフキヤの温泉まんじゅうを持ってきた。本当は野沢土産。

最近の小学校では「知らない人に挨拶するな」と指導してるの? - ここまで来ると、人の親であるということは滑稽を通り越して哀れですらある。ああもちろん、挨拶しないことが道徳的に良いのか悪いのかは知らんよ。知らんというと語弊があるけれど。もっとも、大人の場合も「変な奴とは目を合わさない」が往々にして最善の護身術ではあるのだが。

遅ればせながら若本ボイスのカチカチ山サンプルを聞いてみたが、同じような感じで伊武雅刀に読ませてみてもおもろいかもしれぬ。というかスネークマン童話きぼんむ。

最近マンガとかアニメのパロディエロゲを良く見るが、リリカルなのはのパロディエロゲが出ないかなと夢想。

床屋政談

しかしまあなんというか、日本という国はジャーナリズムの程度が低いのう。同じく程度の低い野党といっしょになって政府の足を引っ張るだけだねえ。

あたしゃ何度も言ってる通り今の政府の方向性は好きではないんだけれども、運営手腕は評価できる。外交に関しても、タロサへの好き嫌いは別にして、いままでの官僚主導の日和見的弱腰外交と比べれば、政治主導できっちりと処理するという手法ははるかに健全と言えよう。小泉内閣の前半のころはまだアホ外務官僚によるアホな問題がしばしば起こったけれど、最近はそういうこともなくなった。これは素直に良いことだと思う。

んで、今回の合意を日本の孤立と分析するマスコミは、一体どういう分析眼を持ってるのか疑問だ。確かに、拉致問題というのは利害という点では日本しか絡んでこないような問題だから、気を抜くと孤立化する危険を常に孕んでいる。でも、そのリスクを取ることと、実際に孤立化してることとは全く違う。今回は、どっかの南半分はいつも変なことを言う国だから置いとくとして、米中露は日本の立場に最大限の配慮をしてる。日本が金を出さないことに対して文句一つ言わない。一体これのどこが孤立化なのか。「拉致問題の解決」という目標設定に対してブレずに人事を尽くした結果と考えた方がつじつまが合う。こういう身も蓋もないことを言うとアレかもしれないけれど、私は別に拉致被害者でもその家族でもないから、拉致問題というのは単なる安全保障上の一要素であって、究極的には再発さえ防いでもらえれば解決自体はどうでもいいことなのだけれども、しかしながら、こういうところで簡単にブレてしまうような政府は全く信用ができない。

ただまあ、予断を許さない状態が続くというのも事実で、どうも米国が弱腰になりつつあるような雰囲気もあるから、今後も難しい見極めが連続すると思うし、拉致問題からの部分的ないしは全体的な後退を天秤にかけなければならなくなる時も来るかもしれない。こんな難しい情勢の時に、外国の有象無象だけではなくて国内の有象無象の相手もしなければいけないのだから、政府に対しては同情しきり。

平成19年2月15日(木曜日)

今日

柳沢厚労相に“苦い”チョコ - この国からイジメは無くならないと思った。

禁煙条例に反対の組織票 神奈川県アンケートにJT / JTが「禁煙反対」の組織票、ネットアンケに社員動員 - アホだねえ。ニュース見たら「喫煙者の権利を守るため」みたいな妄言吐いてたけれども、せめて「株主の利益を守るため」くらいのことを言う正直さは欲しいところ。

頭に来たから JT のタバコは一切買いません。アロマコーヒーは好きだから買うけど。

「カカオという嗜好品作物の生産によって労働搾取を受けている貧しい国の子供達のことも考えてあげてください」というアンチバレンタインキャンペーンはどうだろう。

Cで実現する「ぷちオブジェクト指向」 - Xt は勘弁な。カーネル屋さんから見ると typedef とか冗長だし、わざわざ include 使わんでも構造体の入れ子でいいじゃん、ということになる。

そろそろ「オブジェクト指向」という粒度の大き過ぎる言葉は無くならないものか。

そろそろ推進とか普及とかはヤメにしたい - 翻訳すると、「今ぐらいの市場規模が VA にとって一番おいしい」となる。

平成19年2月16日(金曜日)

今日

メモ: Desktop Window Manager / DwmEnableComposition Function

ベースを始めて十年くらい経つが、やっと何か右手のコツを掴んできたような気がする。この楽器、左手の運指は純粋に練習で身に付けるものだが、右手はコツの範疇のように思われる。いやもちろん右手だって練習は必要なのだけれども、コツを掴まないと幾ら練習したところで余りうまくならない。

ジャコパストリアスという人は、生前、一度も右手を練習したことがないと言っている。右手は練習しなくても最初っからできたので、左手のほうの練習に時間をかけたらしい。そしてジャコパストリアスが史上最高のベーシストだというのはベーシストならば誰でも知っていることで、このあたりにこの楽器の要諦妙味があるような気がする。

平成19年2月17日(土曜日)

査収物

最新 Windows Vista プログラミング徹底理解 - 内容的に 1600 円は高い。

あいこら(6) / 井上 和郎

大好き! / 水沢 めぐみ

電脳ビリーバーズ(2) / 海月 志穂子

今日

ドトールでマターリ。

アイマス動画ヤバいね。これは転ぶ人が出るのもわかる。こんなゲームはもはやナムコかコナミにしか作れない。

平成19年2月18日(日曜日)

今日

ドトールでマターリ。

アイマスの動画を見てて 「やたらと音数の多いベースを弾いて絶賛される→バンド解散→プロデューサーに転身→アイドルのプロデュース(<いまココ)→アイドルと結婚→とんねるずにいじられる」というキャリアパスを思い浮かべた。

今日のウィキペディア: スギナ

タラちゃん考

久しぶりにサザエさんを見た。三本立ての最後の幕が季節ネタで、タラちゃんが見付けた土筆を巡る一騒動。

磯野家のお勝手の潜りを抜けた裏通り沿いの板塀の、隣の垣根との境目の影のところに一本だけ土筆が生えているのをタラちゃんが見付ける。それを大切に観察していたタラちゃんは、イクラちゃんにも見せてあげようと思い立つ。

次の日、タイ子さんに連れられてイクラちゃんがやってきた。出迎えたタラちゃんへ、イクラちゃんがお土産とばかりに差し出したのは土筆だった。タラちゃんは当然驚いてお勝手へと飛んでいったが、やっぱり土筆は無くなっていた。怒ったタラちゃんはイクラちゃんと絶交してしまう。

ところが、タラちゃんの愛でていた土筆は裏のおじいちゃんが「こんな日陰ではかわいそうだから」と、気を利かせて自分の家の庭に移し植えていたことがわかった。イクラちゃんの土筆はどこか別のところで採ってきたものなのだった。そして、紆余曲折があってタラちゃんとイクラちゃんは仲直り、イクラちゃんは自分が土筆を採った野原にタラちゃんを連れていく。そこには沢山の土筆が生えていて、タラちゃん大喜び、という筋。

善良なる視聴者は、この話を見て「ああ、タラちゃんって生き物を大切するやさしい良い子なんだね」などと思うわけです。しかし私は見逃さなかった。幕引きの直前に、たくさんある土筆の一本を、タラちゃんが嬉々として引っこ抜いたことを。幕引きの直前ではあるし、あまりにもさりげない演出なのだが、これには関心してしまった。子供に対する確かな観察眼を持った人がコンテを切ったに違いない。

思い出してみれば、どうもわたくし子供のころタラちゃんが嫌いだったような記憶がある。「けっ、いい子ぶったイケ好かない奴」などと思っていたわけです。年月とともにワダカマリも解けて、今ではタラちゃんに対して別に何とも思っていないのだけれども、今になって考えてみれば、タラちゃんの良い子ブリっ子なところだけではなくて、そういうタラちゃんの隠れた子供的利己主義と、それに気づかない鈍感な周囲の大人たち(視聴者を含む)に対して苛立っていたんじゃないかというような気がする。

平成19年2月19日(月曜日)

今日

デスクトップコンポジションを殺す算段を立てる。

DwmEnableComposition() 関数で簡単に殺せた。特に再有効化しなくても、殺したアプリが終了すると勝手に復活するんだな。アプリケーションごとにフラグがあって、状態の保存とかは考えなくていいみたいだし、便利。

平成19年2月20日(火曜日)

灰皿汚染

というキーワードを一年くらい前に考えて、そのうちまとまった文章を書こうと思ったのだが、そんな暇もないのでキーワードの提示と簡単な解説にとどめておこう。

お店などの扉の横に灰皿が置いてあるのだけれども、あれは喫煙者のモラルハザードに一役買っていると思う。そして、最近特にそれが増殖していることを「灰皿汚染」と呼ぼうと思う。

ここに、あの灰皿の害悪を並び立てたいところだが、さっき書いた通りそんな暇はない。暇ができたら書くかもしれないし、書かないかもしれない。誰か他の人が書いてくれてもいいが。

ちなみに、今日現在「"灰皿汚染"」でぐぐっても出てこないことを確認。

弊社の入っているビルの 1F にも灰皿があるけれど、これには「ここでの喫煙は御遠慮ください」と書いてある。灰皿を置くにしても、せめてこういう配慮をするのが正しい姿勢と言えよう(問題が無いわけではないけれどそれは置いとく)。

今日

ロイヤリティ - その辺の境目はどこにあるんでしょうねえ。深く考え出すと分からなくなってくるところではある。

ホストからは IDE に見えるような形の SD コントローラでは OS 屋がロイヤリティを払う必要がなくて、そうでない生の SD コントローラではロイヤリティが必要ってことになる理由がどこにあるのだろうか。考えられることは(1)SD コントローラを制御するソフトウェア部分が特許に関係する部分を含んでいる(2)コンフィデンシャルな情報にアクセスするための契約の問題、という二つのケースなのだけれども、(1) はともかく (2) はたとえば「Linux のドライバを見て書いた」とかいう話になれば、少なくとも見た側の問題ではないわな。

問題は (1) なんだろうけど、どうもソフトウェアだけで請求項を一つ丸々満たすようなことにはならないような気がする(引用請求項によって追加された条件だけを満たす可能性は十分に考えられるけれど、そこだけ満たしても意味はない)。まあ実際に調べてみたわけでは無いから何とも言えないし、訴訟リスクは減らないのだけれども。

主観的なことをいえば、「SD コントローラを内蔵した機器を作った会社が払っているはずだから、ソフトウェアでも取ったら二重取りだろう」とは思うんだけども、そういう理屈が通用するとは限らない(というか通用しないことのほうが多い)のが困ったもんだ。

current-users の ACPI 話。「A lot of work has been done, but there are certainly gaps remaining」って、うそーん。