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.CD などを聞いていると、左右両方から同じ楽器が同時に鳴っているような音作りがされていることがある。 .こういう音を作る場合には、同じ楽器を二回弾いて左右に振る場合もあるけれど、プレイバックサンプラーなんかを使っていると、完全に重なってモノラルに聞こえてしまい、うまくいかないことも多い。別の方法としてはステレオエンハンサあるいはステレオシミュレータというエフェクトを使うことがある。音色によって相性はあるものの、それなりにうまく左右に振ることができる。 .古典的なステレオエンハンサの実装方法は、主にハース効果を利用したものと、櫛形フィルタを使ったものの二つがある。 .ハース効果というのは、同じ音量の二つの音を少しずらして左右から鳴らすと、先に鳴った方から音が聞こえてくるように感じる現象。脳は一番最初に音が聞こえた方向を音源の方向として知覚するようにできていて、これは、残響なんかがあっても外敵や獲物の位置をなるべく正確に知覚するための進化だと思われる。 .ハース効果を使ったステレオエンハンサは、まずディレイでどちらかのチャネルを遅らせる(ここでは右としよう)。そして、パンポットを使ってこのチャンネルの方にパンを偏らせる。この時、ハース効果によれば左から音が鳴っていると知覚されるのだけれども、音量差だけを取ると右の方が大きく聞こえるため、耳が混乱して音が左右に広がって聞こえる。 .しかしながら、この方法はあまり良好ではないことが多い。特に、持続音にはほとんど効果がない。 .ちなみに方向知覚に与える影響は音量差よりもハース効果のほうがずっと大きいので、ハース効果による偏りを打ち消すにはパンをかなり大胆に振る必要がある。この辺も、持続音ではあまり良くない結果を生む原因になる。 .一方、櫛形フィルタを使った方だけれども、これは、原音に対して櫛形フィルタによるイコライザーをかける方法。櫛形フィルタは、まるで櫛の目のように山と谷が連なった周波数特性をしているのでそう呼ばれる。 .櫛形フィルタはアナログでもデジタルでも作ることができるのだけれども、デジタルならば一次の FIR フィルタで実現できる。一次の FIR フィルタというのは、ぶっちゃければ単なるショートディレイエフェクトでしかない。つまり、原音を x(t) とすれば、 y(t) = x(t) + a*x(t-b) という式で示される。 .櫛形フィルタには面白い性質があって、y(t) = x(t) + a*x(t-b) という櫛形フィルタと、y(t) = x(t) - a*x(t-b) という櫛形フィルタの周波数特性を比較すると、ちょうど前者の山が後者の谷にあたり、前者の谷が後者の山にあたる(ただし逆フィルタの関係にあるというわけではない)。そこで、前者を右チャンネル、後者を左チャンネルに振ってやると、原音の周波数成分が左右にほどよく分離するため、結果として良く似た音が左右両方から鳴っているように聞こえる。 .a を変化させると定位する幅が広くなったり狭くなったりする。理論的には 1 が一番広くて 0 (または無限大)だとモノラルになる。1 より大きくしても大した意味は無いので、普通は 0 から 1 の間で使う。b は大きすぎれば単なるディレイにしか聞こえないし、小さすぎると今度は櫛の目が詰まりすぎて左右に違いがなくなってしまうので、耳を頼りにして調整するしかない。 .櫛型フィルタを使った方法は、周波数成分の分離をベースにしているので、持続音でも比較的良好なステレオ効果が得られる。逆に、打撃音の場合には状況によってはハース効果を使った方式のほうが良いこともある。 .この二種類のステレオエンハンサは両方ともショートディレイをベースにしているので、モード切り替えスイッチでどちらかを選べるようになっているエフェクタも多い。 |